2025年は「AIエージェント元年」と言われました。資料作成、日程調整、問い合わせ対応、製品紹介など、これまで「営業なら当然」とされてきたタスクの多くが、AIで代替できるようになりつつあります。まだ代替可能になりかけている段階のものも含めれば、ほとんどの定型業務はAIが担えるフェーズに入り始めています。この記事でいうAIエージェントとは、こうした営業の業務を、人の代わりに担うAIのことです。
では、AIに業務を任せられるようになったとき、人間の営業に残る役割は何でしょうか。私は「感情と複雑性を扱うこと」だと考えています。そしてその帰結として、営業という仕事は楽になるのではなく、より難しくなります。定型的な作業を真面目にこなすことが強みだった営業は相対的に売れなくなり、顧客との対話と合意形成に価値を出せる営業との差が開いていくからです。
私はプレイヤー、マネジメント、コンサルタント、そしてセールステックを提供する立場から、営業という職種に10年以上関わってきました。その中で、セールステック活用の歪みや、日本の営業組織が抱える構造的な課題に気づかざるを得ませんでした。それらを正すには、営業がAIエージェントを活用し、人間がより付加価値の高い仕事に集中していくことが欠かせません。
この記事では、まずこれまでのセールステックが抱えていた偏りを整理し、次に2025年時点で米国で市場が広がっていた営業・マーケティング領域のAIエージェントを、4つのカテゴリに分けて見ていきます。そのうえで、日本の営業組織にとって現実的な入口はどこか、人間の営業に何が残るかを書きます。最後に、2026年に現地で見た変化を補足します。
これまでのセールステックが抱えていた偏り
営業と顧客の情報格差
私がこれまでのセールステックに違和感を持っていた理由の一つは、ほとんどのツールが「営業を強くする」ためだけにあることでした。
BtoBの商談において、顧客が「より良い購買活動」のためにお金を払うことは、基本的にはありません。むしろできるだけ安く買いたいと考えるのが一般的です。一方、営業はテクノロジーやスキル、ノウハウに投資することで売上が伸びるので、投資を続けます。営業の側だけが進化し続けると、購買者側とのスキルや情報の格差は開き続けることになります。
もっとも、情報格差を埋めることは営業の大きな存在価値です。知らないことを教えてもらえるからこそ、顧客は営業の話を聞きたいと考えます。
しかし、その格差が大きくなりすぎると、営業は競合を必要以上に悪く言ったり、不都合な情報を伏せたりといった行動を取りがちになり、購買者側と双方にとって良い関係を築けなくなります。この歪みが、最初に解決すべき課題だと考えていました。米国に住んで、車の購入などで営業を受ける側になってみると、情報格差によって顧客が不利な立場に置かれることを、より強く実感します。
繰り返しの多い業務
二つめの課題は、営業の業務における「繰り返し」の多さです。典型的なのは顧客への説明で、商談、特に初回商談で伝えるべきことの7〜8割は、同じ内容であることが一般的です。相手や背景によって説明の仕方や言い回しを変える必要はありますし、そうしている営業も多いのですが、伝えている中身はほとんど同じです。
営業にとって本当に重要な業務は、顧客との対話や、提案活動を通じたインサイトの提供、そして信頼関係の構築のはずです。「説明」は、情報格差を埋めるために必要な作業にすぎません。この部分を効率化できれば、営業は本来の価値を生む仕事にもっと集中できます。
この繰り返しは、顧客の側にも非効率を生んでいます。ある製品について詳しく知りたい顧客は、営業担当者に話を聞く時間を作る必要があり、営業担当者は同じような説明を複数の相手に何度も繰り返すことになります。顧客にとっても営業にとっても、時間の使い方として良いものではありません。
自社の初回商談の録画や議事録を数件見返して、相手が変わっても変わらない説明がどれだけの時間を占めているかを確かめると、AIに渡せる範囲の見当がつきます。
日本の営業組織の構造
日本の営業現場には、より根本的な課題もあります。新卒一括採用、終身雇用、年功序列、解雇規制といった制度のもとでは、売上を伸ばすための投資よりも「楽をするための効率化」に関心が向きがちです。
売上が上がっても給料は大きく変わらず、効率化したぶん担当する業務が増えるだけという構造では、営業担当者の多くは、新しいことへの挑戦よりも現状維持を選びやすくなります。その結果、日本企業のAI活用は、多くが社内業務の効率化にとどまり、顧客接点に踏み込んだ活用には慎重になっています。
成果報酬の割合が大きい米国企業と比べると、この違いははっきりしています。たとえばAIを活用したアウトバウンド営業について、米国企業は売上が上がるという成果に着目して利用するケースが多い一方、日本企業では「AIが顧客にアプローチしてクレームが来たらどうするのか」とリスクを警戒する傾向が強く見られます。私自身は、AIによる自動のアウトバウンド架電やメールには懐疑的です。そのうえで、リスクを考えながらも、テクノロジーを活用できる部分は積極的に取り入れていく姿勢が本来あるべき形です。
この差は、2026年になっても埋まっていません。2026年5月のSaaStrで交わされていた議論は「同じ人数で売上を何倍にできるか」を前提にしたもので、「どれだけ楽になるか」を主な評価軸にする日本の検討とは、同じツールを見ていても問いが違っていました。自社でAIエージェントの導入を検討するとき、社内の手間を減らすためなのか、どの顧客接点を変えるためなのかは、先に決めておく価値があります。
1対Nの仕組みで、1対1の体験を届ける
私は2022年から、営業と顧客の1対1のコミュニケーションを支援する、デジタルセールスルームと呼ばれるツールの開発に関わってきました。多くの営業現場を見るなかで、より効率的な情報提供と顧客理解のためには、1対N(多数)でスケールする仕組みが必要だと考えるようになりました。
営業との接点において、顧客がまず求めているのは、正しい情報を適切なタイミングで受け取れる体験です。資料や動画、記事などのコンテンツとして情報を整理し、それをAIエージェントが顧客ごとにパーソナライズして届けられれば、顧客は必要なときに必要な情報を受け取れます。マーケティング施策で獲得したリード、展示会での接点、商談中の顧客、既存顧客からの問い合わせなど、どの入口から来た顧客に対しても、AIエージェントは興味関心に応じたコンテンツを案内できます。単に「この資料をどうぞ」と渡すのではなく、「ご関心のある○○については、この資料の△ページに詳しい説明があります」というように、一人ひとりの文脈に合わせた案内ができます。
この仕組みは、送り手と受け手で異なる価値を持ちます。営業側から見れば1対Nの効率的な情報提供ですが、顧客側にとっては1対1の対応です。さらに営業側は、AIと顧客の会話履歴や顧客の反応を把握できるので、顧客情報の質と量、顧客理解も向上します。人が介在しないことによる拡張性と、個別最適化という、本来は両立しにくい二つを同時に実現する考え方で、顧客と営業の双方にとって利点があります。先に書いた情報格差と繰り返しの問題に対する、私なりの答えです。
2025年時点で注目していた4つのカテゴリ
ここからは、2025年の時点で米国で市場が成長し、私が注目していたセールス・マーケティング領域のAIエージェントを、4つのカテゴリに分けて紹介します。4つのカテゴリと、それぞれが担う業務は次の表のとおりです。
| カテゴリ | 担う業務 |
|---|---|
| ① GTM Automation AI | 新規開拓営業の自動化 |
| ② Conversational Marketing AI | Web上の接客 |
| ③ Conversational Voice AI | 音声による営業の自動化 |
| ④ Appointment Setter AI | 日程調整の自動化 |
その前に、BtoBマーケティングの技術革新とトレンドの変遷を振り返っておきます。大きく3つのフェーズに分けられます。
- Webでの情報収集の基礎(2000年代)。 PCとインターネットが普及し、検索が一般化してcookieが広まりました。情報収集の手段は検索で、配信はマス向けでした。簡単にWebサイトを作れるCMS(WordPressなど)、一斉メール配信(Mailchimpなど)、購入するリスト(D&B Hooversなど)が代表的なサービスです。
- ターゲティングと効率化(2010年代)。 コンテンツマーケティングが台頭し、Webクローリングやインテントデータの技術が登場しました。後半にはcookieの制限が進み、インサイドセールスが普及します。情報収集の中心はコンテンツに移り、配信はセグメント単位になりました。MAツール(Marketoなど)、インテントデータ(ZoomInfoなど)、セールスエンゲージメント(Outreachなど)、第一世代のチャットボット(Drift、Qualifiedなど)が広がりました。
- パーソナライズと効率化(2020年代)。 オンライン主導の購買が進み、AI技術が台頭して、AIエージェントが発達しています。情報収集はAIとの対話に移りつつあり、配信は一人ひとりに合わせたものになります。個別アプローチを自動化するGTMオートメーション、電話営業を自動化するオートコール(11xなど)、パーソナライズされた対話を行う第二世代のAIチャット型エージェント(breakoutなど)がこのフェーズのサービスです。
こうして並べると、この歴史は自動化とパーソナライズ(個別最適化)をいかに実現するかの歴史だと読み取れます。そして、その二つを一気に推し進めているのが、AIとAIエージェントの流れです。
① GTM Automation AI:新規開拓営業の自動化
GTM(Go-To-Market)Automation AIとは、主にインサイドセールス領域で、リスト作成からアウトリーチ、ナーチャリング、アポイント獲得までを一貫して自動化するソリューションです。流れは次のようになります。
- AIがターゲット企業のリストを自動で作る。
- メールやLinkedInでのアウトリーチをAIが自動で実行する。
- 返信があればAIが会話を続け、条件に応じて自動でアポイントを設定する。
- 人手をほとんどかけずに商談が発生する。
この領域は、もともとセールスインテリジェンス、セールスエンゲージメント、ABMツールと呼ばれていた領域から進化・派生したものが多く、呼び方もさまざまです。
ただ、日本市場では、個人情報保護法や特定電子メール法の影響から、この種の自動アウトバウンドツールの導入は非常に難しく、2025年時点では実質的に困難な状況でした。日本ではBtoBの文脈でも会社員の連絡先が個人情報として扱われ、営業目的のメールには事前の同意(オプトイン)が要るため、米国型の「会社と担当者と連絡先と興味関心」を束ねたデータベースがそもそも成り立ちません。近い領域で日本の市場をリードしているSales Markerやinfoboxなどの各社が、この分野の法整備にも関わり、良い方向に変えていくことを期待しています。
② Conversational Marketing AI:Web上の接客が営業になる
カンバセーショナルマーケティング(対話型マーケティング)のツールは、2021年に米国のDriftが「チャットボットによるWeb接客」でユニコーン企業になり、大きなトレンドになりました。ただし当時のボットはシナリオベースで、体験は画一的でした。パーソナライズされた印象を出すには膨大な条件分岐のシナリオ設計が必要で、設定と運用のコストが大きいことも課題でした。
現在は生成AIの進化によって新しい世代のツールが登場し、FAQの登録やシナリオ設計をしなくても、ユーザーの入力に即座に自然に応答できるようになっています。私が注目していたのは、QualifiedのAI SDR「Piper」や、Conversica、breakout、Rep.ai、Navuなどです。Qualifiedはすでに自社を「カンバセーショナルマーケティング」ではなく「Agentic Marketing(自律的なAIによるマーケティング)」と位置づけていました。
これらのツールは、Web上の購買者の行動を追いながら、リアルタイムで案内、資料提供、商談の日程調整までを行います。従来のチャットボットとは水準がまったく異なり、人間のSDRとほぼ同等の体験、場合によっては人間より速く、詳しい対応を提供しています。Driftも生成AIを取り入れた形に刷新されており、従来型チャットボットからの移行が進んでいます。鍵になるのは、リアルタイムのパーソナライズと、対話的な体験の設計です。
この領域は、今後インバウンドを起点にしたマーケティングと営業の改革の中心になるはずです。2025年5月にサンフランシスコで開かれたSaaStrに参加した際も、AIピッチコンテストで唯一のマーケティング・セールステック領域のファイナリストがこのカテゴリのツールでした。シード期の同領域のプレイヤーも出展しており、これから注目が集まる領域だと感じました。その後、Qualifiedは2026年にSalesforceに買収されています。Web上の最前線の接点が、大手のプラットフォームの中核に取り込まれつつあることの表れだと見ています。
③ Conversational Voice AI:音声による営業の自動化
音声による会話の自動化(対話型音声AI)も注目されています。代表例は11x、Air AI、Sky.aiなどです。ChatGPTの音声モードを見ても、日本語の音声AIはすでに十分な品質に達しています。
これらはAIが自然な音声で電話や顧客対応を行うもので、AIが自動でアウトバウンドコール(いわゆるテレアポ)をできれば、新規開拓営業の効率が大きく上がると期待されました。しかしコールドコールの用途では課題が多く、AIによる架電が成果につながらないことや、規制を導入する動きも出ています。一時期大きな話題を集めた11xについても、2025年3月に、実際には顧客でない企業を導入実績として掲げていたとTechCrunchが報じるなど、期待どおりには進んでいなかったことがうかがえます。
そのため、問い合わせ対応やアフターサポートといったインバウンド型の定型業務こそ、この技術が最初に成果を出す領域です。実際に、カンバセーショナルマーケティングのツールのチャットに、AIとの音声会話機能が付いたものも出始めています。
④ Appointment Setter AI:日程調整の自動化
営業活動で意外に時間を取られるのが日程調整です。これまではCalendlyのようなツールが使われてきましたが、最近は11x、SalesApe.ai、Regie.ai、Air AIなどのAIスケジューラーが登場しています。チャット上の自然な会話やメール、音声から双方のカレンダーを読み取り、候補日時の提示から確定までを自動で行います。
この機能は、Webページ上のチャット、メール、音声のいずれの形でも提供されており、ここまで紹介したConversational Marketing AI、Conversational Voice AI、GTM Automation AIのいずれにも機能として含まれています。そのため、ここで挙げたツールには重複があり、カテゴリの切り方そのものにも議論の余地があります。
専用の画面で空き時間を確認しなくても、AIが双方の都合を踏まえて候補を出し、すぐに確定させる。営業秘書の仕事を自動化したようなツールに進化しており、米国では個人やチームを問わず多くの企業が使い始め、営業生産性に直結するAI活用として注目されています。
ただ、米国と比べて新規開拓営業の比率が低く、エリア営業、ルート営業、アカウント営業の比率が非常に高い日本企業とは、相性があまり良くない可能性もあります。
AI SDRについての誤解
日本では、11xやAiSDRのような、音声やメールで自動アウトバウンドを行う米国の有名ツールの印象から、「AI SDR=アウトバウンド営業を自動で行う迷惑なツールで、実現可能性も低い」と受け止められていることが多いように思います。
しかし、それはAI SDRの中の一部の領域にすぎず、どちらかといえばBDR(アウトバウンド型のインサイドセールス)に近い機能です。先に書いたとおり、私自身はAIによる自動アウトバウンドの手法をあまり支持していません。日本では、インバウンドの顧客体験の設計や、自社で集めたファーストパーティデータの蓄積と分析をもとにインサイドセールスのアプローチを可能にするAI SDRが重要になり、それこそがAI SDRとして認識されるべきです。
営業とマーケティング、ツールのカテゴリの境界が薄れている
ここまで見てきたように、営業とマーケティングの境界線は意味を持たなくなりつつあります。AIが接客し、情報を届け、商談をつくる時代には、従来の分業モデルでは対応しきれません。
ツールのカテゴリにも同じことが起きています。メールで日程調整する、音声で日程調整する、チャットで日程調整するというように、カテゴリが違っても別の機能で同じ効果を求めることが当たり前になり、カテゴリの区切りは曖昧になってきました。また、ここで挙げた4つ以外にもセールステックの領域は50以上あり、大きなプレイヤーはカテゴリを超えて機能を搭載してプラットフォーム化したり、買収によって統合・拡大したりする流れを加速させています。
こうした状況もあり、海外ではセールステック(SalesTech)、マーテック(MarTech)という従来の呼び方から、より統合的な「RevTech(Revenue Technology)」や「GTM(Go-To-Market)Tech」という考え方への移行が進んでいます。
日本ではどうでしょうか。GTM Automationのようなアウトバウンド支援のツールを導入しにくい環境にあるため、インバウンドを起点にマーケティングと営業の改革が進み、その中で役割の統合が起きていく可能性が高いと見ています。Web上での接客や初期対応を担うConversational Marketing AIやインバウンド型のAI SDRが、現実的で効果の出やすい第一歩になるはずです。
米国では、SaaStr の Jason Lemkin 氏が、2025年の時点で「SDR業務の約90%がAIで代替可能になる」という見方を示していました。2026年1月にも、メール送付と決められた連絡手順をこなす従来型のSDRの仕事は、近く9割がAIに置き換わると改めて述べています。これは、SDR(インサイドセールス)の9割が不要になるという意味に受け取られがちですが、AIを使えば一人あたり10倍の生産性を出せるようになる、とも読めます。一人でも多くの方が後者の側に立てるとよいと考えています。
人間の営業に残る仕事
感情と複雑性を扱う仕事
冒頭で、人間の営業に残る役割は「感情と複雑性を扱うこと」だと書きました。たとえば、複数のステークホルダーが関わる合意形成、社内調整を伴うクロージング、相手の温度感を察しながら信頼を築いていくプロセスです。こうした言語化しづらい文脈を読み解き、決断を後押しする仕事は、当面の間AIには難しいと考えています。
そのうえで大切なのは、次の表の3つを正しく見極めながら変化に適応していくことです。
| 分類 | 例 |
|---|---|
| 1. AIに任せるべき仕事 | CRMへの入力、議事録、フォローアップのメール、初回商談の定型的な説明 |
| 2. 人間がやるべき仕事 | 合意形成、クロージング |
| 3. AIによって価値を増幅できる人間の仕事 | 商談前の準備、顧客理解 |
営業は楽になるのではなく、難しくなる
「AIで営業が楽になる」という見方は、大きな誤解かもしれません。むしろ営業という仕事は、より難しく、より面白くなります。
付加価値の低い業務から解放された営業担当者には、より本質的な顧客との対話が求められるからです。一方で、真面目に作業をこなすことだけが強みだった営業は、相対的に売れなくなる可能性があります。
人間ならではの付加価値が高い営業の仕事は、スキルや知識、作業の提供だけではありません。「好き」「楽しい」「嬉しい」といった感情や、複雑な文脈を理解したうえでのインサイトのある情報を通じて、人と人との深いつながりを築いていくことが必要になります。
特に複数の人が関わる合意形成の場面では、人間ならではの力が求められます。正しい答えが一つだとしても、さまざまな立場や感情が複雑に絡み合う分、各人の受け止め方や思惑は異なります。論理的な説得だけでなく、それぞれの立場に寄り添いながら納得感をつくりあげていく必要があります。
分業から再統合へ
AIエージェントは、営業組織のあり方も変えていくでしょう。AI専任の「AI Ops」部門が新設され、さまざまなAIを使って業務をつないでいく役割を担うなど、新しい部署が生まれる可能性は十分にあります。
一方で、マーケティング、営業、カスタマーサクセスと細分化され続けてきた体制は、徐々に再統合されていく可能性があります。人間だけでは難しかった複数機能の統合が、AIによって可能になるからです。本来、一人の担当者が顧客に対する責任を一貫して持つほうが、顧客からのエンゲージメントの面でも、効率性や生産性の面でも望ましい可能性が高く、その実現をAIが後押しする時代になっていきます。
サイエンスからアートへ
近年の営業は、「こうやるべき」という型やスキルを重視する傾向が強まり、再現性を高めるサイエンス化を進めることが重要とされてきました。
今後は、その再現性や拡張性をAIが担うようになっていきます。残るのは、その人にしかできない、真似することが難しい領域の価値で、これを私は営業の「アート」と呼んでいます。
私は以前から「営業というアートをサイエンスする」というテーマを掲げてきました。これからはサイエンスの部分をAIをはじめとするテクノロジーが実現できるようになり、残された営業のアートの部分がより重視されていくはずです。
その中で私が大事にしているのは、「自分であり続ける」ことです。自分が何者なのかが、そのまま価値になります。AI時代の営業に求められるのは、マニュアル化できないその人自身の価値観と経験に基づく人間性です。多様な経験を積み、自分の色を持ち続けることが、これからの営業担当者に最も必要とされる資質だと考えています。
2026年の補足:AIが営業を管理する側に回り始めた
ここまでは2025年時点の整理です。2026年5月に SaaStr AI Annual 2026 に参加して見えた変化を、一つだけ補足しておきます。
2025年までのAIは、営業にとっての「アシスタント」でした。横に座って提案し、最後は人間が承認して動かす関係です。2026年の会場で並んでいたのは、その関係が反転し始めた製品と組織運用でした。「この案件はどうなっていますか」「この金額は本当に正しいですか」「キーパーソンに会えていませんが、他にどんな人がいますか」と、AIから営業担当者にチャットや電話で問いが飛び、商談レビューや行動計画の指示もAIから降りてくる。SaaStr自身も、約10名のセールスチームを3名の人間と20体を超えるAIエージェントに再編したと公表していました。人間の営業の仕事は、顧客と会うことと、顧客と話すことに収束していき、それ以外の情報処理、記録、分析、予測はAIに移っていく。それが、現地で私が受け取った方向感です。
ただし、二つ留保があります。一つは、ピッチで語られるビジョンと、実際に出荷されている製品の中身には乖離があることです。「自律的に実行する」と謳いながら、デモを見ると多くはまだ人間の承認を必要とする段階にありました。もう一つは、会場の発信の大半がベンダー側と先進的な実装企業側からのもので、ユーザー側の第三者的な成果データはまだ少なかったことです。市場の現在地は、供給側の熱狂期であり、需要側の検証初期です。Lemkin 氏自身も、AIエージェントの正味の生産性は人間と同程度で、違いはソフトウェアのようにスケールする点だと述べていました。日本企業にとっては、慌てて全部を買う必要はなく、ピッチと実装の乖離を見抜いたうえで本物だけを取り入れられる、有利な位置にいるとも言えます。
AIを使いこなす営業と、AIに使われる営業
私たちは、AIと共に働くことが前提の時代に入っています。「AIに使われる営業」と「AIを使いこなす営業」の間には、努力や経験値だけでは越えにくいほどの差が生まれつつあります。
AIはもはや補助ツールではなく、営業活動の主力として実務に投入され始めています。一方で、埋めるべき余地の大きさもはっきりしています。2025年のSaaStrでHubSpotのCEOが示した数字では、営業担当者が実際に顧客と向き合っている時間は勤務時間の25〜35%にすぎず、この割合は20年以上変わっていません。AIをどこに使うかは、この残りの65〜75%をどう扱うかの問題です。
セールステックを提供する側は、市場に向けて「営業・マーケティングをより効率的に、より効果的にする」と伝えます。それ自体は当然のことです。ただ、先進的なテクノロジーやAIエージェントには、使う人の仕事の進化を助けると同時に、使わない人の仕事を代替していくという一面もあります。提供する側がそれを商談で口にすることはありませんが、使う側の営業担当者や営業組織は、この点を理解しておく必要があります。
自社で確かめるとすれば、出発点は先に挙げた3つの分類です。営業担当者の一週間の業務を書き出し、AIに任せるべき仕事、人間がやるべき仕事、AIによって価値を増幅できる人間の仕事に分けてみる。CRMへの入力、議事録、フォローアップのメール、初回商談の定型的な説明は一つめに入り、合意形成やクロージングは二つめに入り、商談前の準備や顧客理解は三つめに入るはずです。この分類を組織として持たないまま、何を自動化し、どのデータを判断に使うかを決めずにツールを入れても、業務の進め方は変わりません。反対に、この分類ができている組織では、AIが手間を引き受けたぶんだけ、人間の営業は感情と複雑性を扱う仕事に時間を使えるようになります。営業が楽になるのではなく難しくなる、と冒頭で書いたのは、その意味です。

