SFAの世界で「入力しなくていいツール」という言葉をよく見かけるようになった。商談の音声を自動で文字起こしし、メールのやり取りを解析して活動履歴を記録し、次にやるべきことまでAIが提案する。営業担当者が一番嫌がっていた入力作業という工程そのものが、消えつつある。
遠い未来の話ではない。米国では、10名ほどのセールスチームを3名の人間と20体を超えるAIエージェントに再編した事例がすでに出ている。入力や一次対応から人手が剥がれ落ちていく流れは、もう始まっている。
これは良い変化だ。そのうえで、一つ問いを立てたい。入力の手間がゼロになり、分析までAIがやってくれるようになったとして、それで営業組織の売上は本当に上がるのか。
先に立場を書いておく。この問いの答えは、AIの前から変わっていない。データを設計し、読み解き、打ち手に変え、実行させ切る。この一連ができていない組織は、Excelの時代もできていなかった。AIが変えるのは、できていないことを隠しておけるかどうかのほうだ。
機能は増えているのに、やっていることはExcel時代と同じ
いま多くのSFAは、受注率の推移も、リード獲得から受注までのリードタイムも、失注チャネルごとの傾向も、かなり細かく分析できる。Excelでは到底扱いきれなかった量とスピードと切り口だ。
ところが現場では、そうした分析機能がほとんど使われないまま、「今月の着地見込みはどれくらいか」というExcel時代と変わらない使い方に落ち着いているケースが少なくない。営業会議で話されているのも、大抵は着地と来月の見込みという数字の集計だけだ。「なぜこのチャネルからの失注が増えているのか」「受注リードタイムを規定している要素は何か」を紐解けるデータが目の前にあるのに、そこへ会話が発展しない。
ツールが賢くなることと、営業組織が良くなることの間には、まだいくつか段差がある。
三つの壁——記録・発見・読み解きと実行
ツール活用の成否は、大きく三つの壁に分けられる。
- ① 記録する壁。 何が起きたかをデータとして残せているか。
- ② 発見する壁。 残ったデータから、異常や傾向を見つけられるか。
- ③ 読み解き、実行する壁。 その兆候の意味を判断し、打ち手を決め、組織に実行させ切れるか。
断っておくと、この三つはAIが出てきたから生まれたものではない。Excelで管理していた時代も、営業組織はこの同じ三つでつまずいていた。AIが動かしたのは、どこまでを機械が肩代わりするかの線引きだけだ。
①と②は、冒頭で触れた通りAIによる自動化が急速に進んでいる。「この案件は停滞している」「この失注パターンが増えている」といった統計的な発見も、かなりの精度で担えるようになりつつある。
ただ、①については正確に書いておきたいことがある。私はSFAを提供する側——セールステック企業で新規事業を預かる立場でもあるので、自分たちの業界の言い方を割り引く意味も込めて書く。
AIが自動で記録してくれるのは、商談の音声、メールの往復、訪問の履歴といった「起きたこと」だ。一方で、案件のフェーズをどこで区切るのか、失注理由をどの粒度で分類するのか、どの顧客属性を残せば後から意味のある比較ができるのか。この設計はAIが決めてくれない。
そして設計するには、営業組織をどう変えたいのかという全体像が先に要る。全体像がないまま記録だけが溜まると、量はあるのに何も読み取れないデータベースができあがる。
AIが終わらせるのは入力の手間であって、何を残すかの設計ではない。
「データの外側」は、年々狭くなっている
問題は③だ。ここは、AIの登場で難しくなったわけでも、易しくなったわけでもない。
示された兆候を見て、「これは本当に問題なのか」「どれくらい重大なのか」「なぜ起きているのか」を判断するには、SFAには入っていない情報が要る。担当者が最近どんな状況にあるか、顧客側の窓口が変わったこと、業界で今何が起きているか、社内の力関係。こうしたデータの外側にある文脈と、示された兆候とを重ね合わせて、初めて読み解きが成立する。
ただ、正直に書いておかなければならない。この「データの外側」は、年々狭くなっている。商談の会話は文字起こしされ、社内のやり取りはチャットに残り、顧客企業の人事異動はニュースになる。いま「AIには見えない」と書いたものの多くは、数年のうちにかなり見えるようになるはずだ。文脈をAIが持てないという前提に寄りかかった議論は、たぶん長くもたない。
それでも、崩れない場所が一つある。読み解きの先に控えている工程だ。
打ち手を決め、メンバーを動かし、進捗を詰め、評価に反映し、結果の責任を負う。ここが人間に残る理由は、情報量の差でも知能の差でもない。誰が権限を持ち、誰が信頼され、誰が結果に責任を負う立場にあるか、という制度の話だからだ。AIがどれだけ的確な示唆を出しても、それを判断し、組織に実行させ、外れたときに責任を引き受けるのは、その組織の中に生きている人間にしかできない。
人間に最後まで残るのは、文脈を持っていることではなく、責任を負える立場にいることのほうだ。
「データを読み解く」とは、具体的に何をしているのか
抽象的なまま置いておくと、「文脈が大事」という当たり前の話で終わる。具体的に書く。
たとえば、AIがこんなアラートを出したとする。「大手顧客セグメントの受注率が、直近3ヶ月で下がっています」。AIが示せるのは、いまのところここまでだ。
ここで多くの組織が取るのは、受注率を上げるための対策を打つ、という反応だ。大手向けの提案書を作り直す。クロージングの研修を入れる。示された数字に、そのまま正面から手を打ちにいく。
ただ、この時点では、その数字が何を意味しているのかは何も分かっていない。
まず疑うのは、分母だ。 受注が減ったのか、商談が増えたのか。マーケティング側が大手向けのキャンペーンを打っていれば、確度の低い商談が分母に流れ込んで、受注率だけが下がる。この場合、受注数は減っていない。つまり問題ですらない可能性がある。ここを確かめずに手を打つと、伸びている活動にブレーキをかけることになる。
次は、どこで落ちているかだ。 商談ステージ間の遷移率を見る。初回商談から提案に進む率が落ちているのか、提案から稟議で落ちているのか。前者ならターゲティングか初回商談の設計、後者なら価格か意思決定者の巻き込みが原因だったりする。同じ「受注率低下」でも、打ち手はまったく別になる。
そこにリードタイムを重ねる。 失注までの日数が伸びているなら、まず疑うのは競合比較の土俵に引きずり込まれている可能性だ。ただし稟議の長期化でも同じ動きをするので、決めつけない。逆に日数が短くなっているなら、そもそも入口で合っていない相手と会っている可能性が高い。
最後に、人で割る。 特定の担当者だけなら育成かアサインの問題だ。全員なら市場か商材か価格、と言いたいところだが、ここで一つ候補を落としてはいけない。自分の指示だ。半年前に自分が変えたターゲティングの方針が効いている可能性がある。全員に同じ変化が出ているとき、共通する要因の一つは、その全員に同じ指示を出している人間である。
ここまでがデータの中でできることだ。ここから先が外側になる。組織変更で大手担当が入れ替わっていないか。競合が価格を変えていないか。顧客側の窓口が代替わりしていないか。
簡易的な一例にすぎない。ただ、この工程が、データの中を絞り込む作業と、データの外を重ねる作業の二段構えになっていることは伝わると思う。これを、本稿では「読み解く」と呼んでいる。
切り口は、知識と経験からしか出てこない
強調しておきたいのは、いま並べた切り口の一つひとつが、目の前のデータを眺めているだけでは出てこないということだ。分母を疑う。遷移率で落ちている場所を特定する。リードタイムを重ねる。人で割る。自分の指示を候補に入れる。これらは全部、「前にこれで間違えた」「別の会社でこのパターンを見た」という蓄積から出てきている。
知識と経験がないと、仮説が持てない。仮説がないと、次にどのデータを見ればいいのかが決まらない。だからデータが目の前にあっても手が止まる。そして手が止まった代わりに起きるのが、いきなり提案書や研修に手をつける反応だ。
機能は揃っているのに使われていない、という話はここに戻ってくる。分析機能が使われないのは、機能が難しいからではない。問いを立てられないからだ。
なお、切り口を並べること自体は、AIがすでに得意な領域である。むしろ人間より速く、網羅的に出してくる。ただ、並んだ仮説のうちどれが筋が良いのかを選び、外れているものを捨てる判断は、読み解く力を持っている人にしかできない。読めない人には、AIの読み解きが当たっているのかどうかを判定する手立てがないからだ。
判定は、引っかかる、という感覚から始まる。「この分析は分母を見ていないのではないか」「別の可能性もあるのではないか」。そう言えるのは、似た場面を過去に見ているからだ。知らないことには、違和感を持てない。違和感がなければ、AIの答えはそのまま正解として通る。
当たっているなら通してもいいではないか、と思われるかもしれない。ただ、通した結果を引き受けるのは、通した人だ。判定せずに実行させて、外れたときに説明を求められるのはAIではない。この力は、正しさを担保するために要るのではなく、責任を引き受けられる状態でいるために要る。
読み解く力は、AIに置き換わるのではない。AIを使うための前提条件のほうに移る。
営業パフォーマンスマネジメント——五つの動詞
ここで言葉を定義しておく。この「データを設計し、読み解き、対策を立て、実行させ切る力」を、私は営業パフォーマンスマネジメントスキルと呼んでいる。中身は五つの動詞に分けられる。
- 測る。 何をどの粒度で記録するかを設計し、パイプラインと予実、フォーキャストの精度を管理する。
- 読む。 受注と失注、商談進捗や活動の傾向を分析し、プロセスのどこに問題があるのかを特定する。
- 決める。 誰にどの優先度で売るのかを決め、分析結果を具体的な打ち手に変える。
- 動かす。 個別の商談に介入し、同行や録画や1on1でフィードバックし、次の行動が取られるまで実行を管理する。
- 回す。 週次、月次、四半期でこれらが回る場を設計し、そこで問われる問いを固定する。
先ほどの三つの壁と重ねてほしい。①が「測る」、②が「読む」の表層、③が「読む」の深いところと、「決める・動かす・回す」にあたる。
AIが肩代わりするのは、「測る」と、「読む」のうち表面に出ている部分だけだ。深く読むこと、そして決める、動かす、回すは、人間の側に残る。
なお、英語圏でセールスパフォーマンスマネジメント(SPM)と呼ばれるインセンティブ報酬管理などのツールカテゴリとは、意図的に別のものとして立てている。SPMの下位概念ではない。あえて「セールス」ではなく「営業」という言葉を使っているのも、そのためだ。
個人の層——「卒業」で管理職になる構造
では、なぜこの力が育たないのか。個人・組織・市場の順に見ていく。
優秀な実務者がそのままマネージャーに昇進していく構造は、日本に限った話ではない。「人は、有能でいられるあいだ昇進し続け、無能になったところで止まる」というピーターの法則も、この現象を指している。
しかも営業職については、これを実データで検証した研究がある。131社の営業職のミクロデータを分析した、Benson、Li、Shueの研究(Quarterly Journal of Economics, 2019)だ。結果は身も蓋もない。相対的な営業成績が2倍になると昇進確率はベースに対して14%ほど上がる一方で、営業成績が高かった人ほど、昇進後のマネージャーとしての成果は低くなる傾向が確認されている。
売れる人を管理職にすると組織の成果が落ちる。日本の悪癖ではなく、営業という職種に普遍的に埋め込まれた構造だということだ。
そのうえで、日本で特に強く出るのは、選ばれ方と、そこからの抜け出しにくさである。管理職の登用が「入学方式」ではなく「卒業方式」になっている、と私はよく言う。マネジメントの適性があるから選ばれるのではなく、営業として売れたから営業を卒業してマネージャーになる。入り口の時点で、測られている能力が違う。
そして組織の数字にも責任を持つ立場になるため、多くの場合、マネージャーはプレイヤー時代よりむしろプレイング業務にのめり込んでいく。俯瞰してデータを見て、対策を立て、仕組みを設計する力を養う時間や機会が、構造的に奪われる。
これはマネージャーだけの話ではない。部長も同じルートを通ってきている。むしろ根深いかもしれない。長く積み重ねた成功体験のぶん、過去のやり方への確信が強くなりがちだし、キャリアの大半をSFAが存在しない時代に築いてきた世代であれば、学び直しのハードルも高くなる。
厄介なのは、この状態が放っておいても直らないことだ。回れば回るほど深くなる循環になっている。
マネージャーがプレイングにのめり込む。マネジメントに割ける工数がゼロに近づく。誰も見ていないのでSFAの運用が回らなくなる。データが揃わないので、誰のどこを直せばいいのかが特定できない。特定できないので育成は個々の勘に依存し、部下の育ち方に大きな差が出る。新人が立ち上がらず、現場はさらに人手不足になる。売れない人が辞めていく。残ったマネージャーが、その穴を埋めるためにもっとプレイングに入る。
一周してきた。この循環の中にいる限り、本人がどれだけ意欲的でも、データを読み解く力を養う時間は永久に空かない。だから、個人の資質の話として終わらせるわけにはいかない。
組織の層——「見える化」がゴールになる
同じ人が、組織の設計次第で数字の背景を読み解くようになったり、しなくなったりする。ここからは設計の話だ。
SFA導入のきっかけの多くは、「今のExcel管理が限界を迎えている」「今使っているSFAを使いこなせない」という現状の困りごとの解消である。「営業組織をこうしていきたい」という目的から逆算して検討が始まるケースは、あまり多くない。
これは経営学で「サロゲーション(surrogation)」と呼ばれる現象に近い。本来の目的が抽象的であるほど、代わりに示される指標が具体的であるほど、人は無意識のうちに指標そのものを目的だと錯覚する。「売上を上げる、組織を強くする」という目的の代わりに、「案件が可視化された」「入力率が上がった」という状態が、いつのまにかゴールにすり替わる。
この現象は、指標が評価に紐づいた瞬間に決定的になる。入力率そのものを管理職のKPIに置いている組織を、私は何度も見てきた。そうなると入力率は売上の代理指標ではなく、それ自体が達成すべき目標になる。数字は綺麗に上がり、営業成果は何も変わらない。
そして、ここが肝心なところだ。会議が「今月いくらか」の報告で終わる設計になっているなら、管理職に読み解く力は要らない。着地の数字さえ持っていけば、その場は無事に終わるからだ。
要らない能力は、育たない。
評価も同じである。フォーキャストの精度を評価対象にしていない組織で、フォーキャストの精度が上がることはない。データを読んで手を打っても評価に反映されず、読まずに数字だけ持ってきても大きな不利益がない環境では、育成される側にも育成する側にも、努力し続ける理由が乏しくなる。
浮いた時間は、どこへ行くのか
セールステックと呼ばれるツールは、本来どれも売上を上げるため、あるいは営業の生産性を上げるために作られている。ところが実際には、コストを削減するための道具として買われていることが少なくない。
これは買う側だけの話ではない。売る側も「工数がこれだけ削減できます」から入る。そのほうが伝わりやすく、稟議も通りやすいからだ。
そして、どのカテゴリの商品として買ったかで、そのあとが決まる。コスト削減の道具として通した稟議は、コスト削減の指標で振り返られる。入力にかかる時間が減ったか、報告書を作る手間が減ったか。売上がどうなったかは、最初から評価項目に入っていない。上がらなくても、失敗にはならない。
サロゲーションと同じ構造だが、起きている場所が違う。導入したあとに指標がすり替わるのではなく、検討の入口の時点で、何を測るのかがすでに決まっている。
この売り方には、決まった続きがある。「楽になった分だけ営業活動に時間を回せるから、売上が上がる」という説明だ。
ただ、この説明は一段飛ばしている。工数が浮くことと、その時間が営業活動に向かうことは、別の話である。
別になる理由は、便益の行き先が違うことだ。「楽になる」という便益は、担当者本人に返る。「売上が上がる」という便益は、会社に返る。浮いた時間でもう一件訪問すれば、負担は本人が引き受けて、成果は会社に行く。この二つをつなぐものが要る。
一つは報酬だ。日本の営業組織の多くは、成果報酬の比率が高くない。月の訪問を一件増やしても、その月の手取りは変わらない。評価に反映されるとしても、年に一度、他の要素と混ざった形でだ。活動量を増やすという判断が、短期的に自分に返ってくる設計になっていない。そうであれば、浮いた時間が一番負担の軽い使い道に流れるのは、怠慢ではなく合理的な行動である。ルール通りに振る舞っているだけなので、精神論では動かない。
もう一つは、時間の使い道を指定する側だ。浮いた時間をどこに向けるかを決めて、向いたかどうかを確かめる。これはマネジメントの仕事だが、その本人が、先ほどの循環の中でプレイングに埋まっている。
ここで、言葉を一つ分けておきたい。効率化と、生産性向上だ。
効率化は、同じ結果をより少ないコストで出すことである。分母を小さくする話だ。生産性は、投じたコストに対してどれだけの成果が返るかなので、分母を小さくすることと、分子を大きくすることの両方が入る。効率化は、生産性を上げる手段の一つにすぎない。そこだけを見ていると、片側しか考えていないことになる。ところが日本では、この二つがほぼ同じ意味で使われている。
さらに厄介なのは、工数削減が分母の削減にすらならない場合があることだ。営業担当者の人件費は、多くの会社で固定費である。入力に使っていた時間が浮いても、その人の給与は変わらない。残業が減れば人件費は下がるが、それは働く時間を短くした成果であって、売上には触れていない。浮いた時間が別の成果に向かわなければ、分子も分母も動かない。生産性は、一円も変わっていないことになる。
工数削減の時間に人件費の単価を掛けて、投資対効果として示す資料がある。私のいる業界が普通に使う説明の仕方だ。あの計算が成立するのは、浮いた時間の使い道が決まっている組織だけである。
育成しようとするから、育成できない
営業組織を見ていて一番強く感じているのは、この一点だ。
多くの会社は、この問題を「管理職の育成」で解こうとする。研修を組み、書籍を配り、1on1でデータの見方を教える。ただ、個人の努力や意志に頼った育成は、工数の面でも、論理的な裏付けの面でも、インセンティブの面でも、まず長続きしない。教える側にも学ぶ側にも、それを続ける理由がないからだ。
順番が逆である。「読み解けるようになれ」と教えるのではなく、読み解かないと立ち行かない場を作る。 すると、その場を乗り切るために、人は自分で見るようになる。
たとえば、先月のフォーキャストと実績のズレを、毎回同じフォーマットで振り返らせる。ステージ遷移率を定点で出させる。フォーキャストの精度そのものを、管理職の評価項目に入れる。四半期に一度、経営陣が数字の背景を詰める場を設ける。
どれも派手さのない設計の話だ。ただ、研修を10回やるより、会議のアジェンダを1行変えるほうが、管理職は確実にデータを見るようになる。見ないと会議で答えられなくなるからだ。ここまでの話はどれも、個人の問題に見えて仕組み設計の問題である。
こう考えるようになったのには、原体験がある。
キャリアの最初は、外資系製薬会社で営業をしていた。そこでは、営業が一つの学問に近い形で構造化されていた。担当エリアやアカウントの処方(≒購買)データが毎月与えられ、半日毎の個人実績が配信され、どの顧客にどの順番で会うべきかを数字から組み立てる。そのためのツールへの投資があり、話法や疾患知識の研修・最新論文の提供があり、それを前提にしたレビューの場があった。個人の頑張りに任されていた部分は、思っていたよりずっと小さかった。
それができたのは製薬という産業が高収益だったからだ、という反論は成立する。同じ投資額を他の業界にそのまま求めるのは無理がある。ただ、持ち帰るべきなのは投資額ではなく、設計思想のほうだ。データを配る。判断の型を教える。それを使わないと成立しない場を作る。この3点セットは、お金をかけなくても組み立てられる。
育成とは、本人の意欲の問題ではなく、育成される仕組みを設計する側の問題である。
そして、この設計を担うべきなのは、その上のレイヤー——経営や事業責任者だ。ところがここが、次の層の話につながっていく。
市場の層——この空白を、誰が埋めるのか
仕組みを設計する力(人材、スキル、知見といったリソース)が社内にないとき、一般的には外部に頼る。ところが、これを埋める役割が今の日本には薄い、というのが私の実感である。
まず、ツールを提供する側から書く。自分がその側にいるので、自己言及も含めての話だ。
SFAを提供する会社のカスタマーサクセスマネージャーは、プロダクトの使い方には詳しくても、営業組織そのものをどう分析し、どう対策を立てるかのプロフェッショナルではない。これは能力ではなく役割の問題で、多くの場合サービスの範囲の外にある。提案を行う営業側も同じだ。営業プレイヤーとしてもマネージャーとしても実績があり、大/中/小規模の組織を経験し、外部から組織改革を推進した経験まで持つ人材が提案の役割を担うのが理想だが、ツールを売る一営業パーソンという役割に就くことは、報酬の面でも役割の面でも釣り合わない。
そのため提案は「そのツールで何ができるか」を軸にしたものになる。悪気ではなく、構造がそうさせている。売る側が組織改革まで踏み込まないのにも理由がある。自分たちがコントロールできず、責任も負えない範囲まで提案すると、実現しなかったときに信頼を失うからだ。
そして買う側にも、内部/外部から組織改革を推進した経験を持ち、さらにテクノロジーの知見もある検討推進担当者はほとんどいない。機能や価格の比較はできても、「そもそも自社の営業組織をどう変えるべきか」という上流の問いには踏み込みにくくなる。
売り手も買い手も「あるべき営業組織の姿」を自分では描けないまま、ツールの検討と購買が行われている。これが実情だ。
では、外部のコンサルティングはどうか。「コンサル」と一括りにされがちだが、実際には出自の違う四つのスタイルが同じ看板を掲げていて、得意なことも、届かない場所も違う。見分け方は一つでいい。そのコンサルティングが、何を再利用して商売にしているか。 ここを見ると、四つはきれいに分かれる。
一つめは、方法論を再利用するスタイル。 米国流のコンサルティングの作法を土台にしたファームがこれにあたる。戦略系も、業務からIT導入まで一気通貫で手がける総合系も、外資か日系かを問わずここに入る。仮説を立て、事実で検証し、論点を構造化して意思決定に落とす。この手続き自体が商品なので、業界が変わっても機能する。ただ、営業パフォーマンスマネジメントとは相性が良くない。この領域で必要なのは、パイプラインレビューの回し方、フォーキャストのズレの詰め方、商談への介入の仕方といった、解像度の高い現場運用の設計だ。営業の現場を通り、かつ組織改革をやり切った人材は、ファームの中に多くない。単価と期間の構造上、毎週の会議に座り続ける支援は事業として組み立てにくい、という事情もある。
二つめは、事例を再利用するスタイル。 中堅・中小企業を主戦場とする、日系の独立系に多い形だ。業種ごとに支援実績を蓄積し、うまくいったパターンを次の会社へ横展開していく。単発の研修で終わる形ではなく、月次の顧問契約に近い形で運用まで継続的に関与することもある。毎月現場に入り続けるという点では、一つめよりむしろ踏み込んでいるかもしれない。弱点は出発点にある。打ち手の源が「同業の他社でうまくいったパターン」であって、その会社固有の原因の特定ではないことだ。同じ業種でも、商材の単価も、組織のステージも、評価制度も違う。ハマるときは見事にハマるが、なぜハマったのかが説明できないので、外れたときに次の一手が出てこない。
三つめは、自社の商材を再利用するスタイル。 コンサルティングを名乗りながら、実態は研修パッケージやツール、アウトソーシングサービスを届けることが目的になっている。売るものが先に決まっている以上、原因の見立ては、そこへ向かって収束していく。悪意ではなく、事業の成り立ちがそうさせている。これは前半で書いたSFAベンダーの構造とまったく同じロジックで、私自身にも向けている言葉だ。
四つめは、自身の経験を再利用するスタイル。 個人や少人数で活動する方に多い、いわゆるグレイヘアコンサルティングと呼ばれる形である。「私はこうやってトップセールスになりました」という、経験そのものの伝達が価値になる。当たったときの説得力は、他のどのスタイルよりも強い。ただ、参照できる事例が、自分の通ってきた組織に限られる。その組織で効いた打ち手は、その組織の商材、顧客層、評価制度という条件の上で効いたものだ。条件が違う会社で効かなかったとき、なぜ効かないのかを説明する手立てがない。
こうして並べると、どのスタイルが優れているという話ではないことが分かる。それぞれ、再利用できるものを持っているからこそ、事業として成立している。方法論も、事例も、商材も、経験も、何度でも別の会社に持っていける。だから商売になる。
裏を返すと、再利用が効かないものは、誰のビジネスモデルにも乗らない。
営業パフォーマンスマネジメントの支援で必要なのは、その会社のSFA(場合によってはExcel、帳票)を開いて固有の原因を特定し、その会社の会議体と評価制度に合わせて設計し直し、実行されるまで管理する工程だ。継続的に入り続けること自体は、先に見たとおり事業として成立する。持っていけないのは、中身のほうである。A社のデータを読んで導いた原因は、B社では使えない。毎回ゼロから読み直すしかない工程は、どれだけ価値があっても在庫にならないので、商品として組み立てにくい。
つまりこの空白は、誰かが怠けているから空いているわけではない。再利用できないという理由で、構造的に空いている。
私がSHOGUN Growth Advisoryを立ち上げたのは、この空白に自分を置くためだ。営業から、外部支援から、ツールを作る側まで通ってきて、この空白の形がはっきり見えている。在庫にならない工程を、事業の中心に据える。その判断のうえに置いている会社である。
これは、SFAの話ではない
ここまで読んでいただいた方はお気づきかと思うが、この記事はタイトルにSFAと掲げながら、SFA固有の問題をほとんど書いていない。意図的にそうしている。SFAを挙げたのは、営業のデータが一番集まる場所だからであって、この道具に特有の欠陥を指摘したかったわけではない。
三つの壁で言えば、①記録と②発見は道具によって差が出る。SFAとExcelでは、扱える量も速さも切り口も比べものにならない。そしてここが、いまAIによって急速に埋まっている部分だ。一方で③は、道具が変わっても中身が変わらない。誰が問いを立て、誰が判断し、誰が結果を引き受けるのか。これは組織の側の設計なので、Excelで管理していようと、SFAを使っていようと、他のセールステックを入れていようと、同じ場所に残る。
道具の性能が上がるほど、道具で埋まる範囲は前半に寄っていく。そして差がつく場所は、後半だけになる。ツールを買い替えても解決しない、というのはそういう意味だ。
AIは組織間の差を埋めない。広げる。
ここまで書いてきたことは、SFAベンダーが悪いとか、その営業担当者の力が足りないとか、買い手企業の営業管理職のレベルが低いとか、そういう話ではない。それぞれの立場に、それぞれの合理性がある。ただ、こうした構造が確かに存在している、ということを知ってほしい。
AIがデータの入力と発見を引き受けるこれからの時代は、むしろ厳しい時代になるかもしれない。「データがないから」「分析する時間がないから」という言い訳の陰に隠れていた、読み解いて決定する力と、実行させ切る力の有無が、覆い隠しようがなくなるからだ。
ただし、それが起きるのは、問われる場を持っている組織だけである。
会議が着地報告で終わる設計なら管理職に読み解く力は要らない、と書いた。それが正しいなら、AIがどれだけ完璧なデータを揃えても、そういう組織では何も起きない。会議は今まで通り着地の報告で終わり、言い訳を奪われる場面が、そもそも訪れない。
問う設計を持っている組織は、AIが手間を引き受けたぶんだけ、読み解きと実行に時間を回せるようになる。持っていない組織は、手間が減った時間をまた別のプレイングで埋める。
しかも広がるのは、組織の設計の差だけではない。同じAIを渡しても、読める人はそこから次の問いを立て、読めない人は出てきた答えをそのまま会議に持っていく。道具の性能が上がるほど、使う側の力量差が、そのまま出力の差になる。
AIは組織間の差を埋めない。広げる。
権限がなくてもできる、一行
ここまで書いた打ち手は、会議体の設計にしても評価や報酬の設計にしても、経営や事業責任者の権限がないと動かせないものばかりだった。それでは、いま現場のマネージャーをしている方にとって他人事で終わるので、最後に一つだけ、権限がなくてもできることを書いておく。
営業会議が着地の確認で終わること自体は、悪いことではない。予測して、約束する。それはその場の正しい目的だ。ただ、その予測が当たっていたかどうかを振り返っている組織は、思ったより多くない。
自分のチームのミーティングで、先月の予測と実績のズレを一つだけ取り上げて、なぜズレたのかを聞いてみてほしい。全部でなくていい。毎回一つで十分だ。答えられないことに気づいた瞬間から、あなたはデータを見に行くようになる。メンバーも、次はそれを聞かれると分かって数字を持ってくるようになる。
上を動かす権限はなくても、自分の会議のアジェンダを1行増やす権限は、たいていの管理職が持っている。
データを読み解く力は、日々の小さな「なぜ」の積み重ねでしか鍛えられない。

