営業支援ツールの広告で、「入力不要」をうたうSFAを目にする機会が増えました。商談の音声はそのまま文字になり、メールの往復は解析されて活動履歴に登録され、次の一手の候補もAIが示します。営業担当者に最も嫌われてきた入力という作業が、工程ごと消えようとしています。
すでに現実の動きです。2026年5月のSaaStr AIでは、米国のある企業が約10名の営業チームを、人間3名と20体以上のAIエージェントによる体制へ組み替えた例が取り上げられました。入力や一次対応を人が担わなくなる変化は、もう進行しています。
歓迎すべき変化であることは疑いません。そのうえで考えたいのは、入力の負担が消え、分析もAIに任せられるようになったとき、営業組織の売上は実際に伸びるのか、という点です。
私の考えを先に述べます。この問いへの答えは、AI以前と同じです。データを設計し、意味を読み取り、打ち手を決め、最後まで実行させる。これができない組織は、Excelで管理していた頃からできていませんでした。AIによって変わるのは、その弱さを覆い隠せるかどうかです。
私自身、SFA(CRM)を主力とするセールステック企業でプロダクトと新規事業に携わっています。以下は、その立場から見えている範囲の話として、理由を一つずつ説明するものです。
分析機能とExcel時代の使い方
現在のSFAの多くは、受注率の変化、リード獲得から受注までにかかる日数、失注したチャネル別の傾向などを細かく分析できます。量、速度、切り口のいずれをとっても、Excelでは扱えなかった水準です。
それでも現場を見ると、こうした機能にはほとんど手が付けられず、「今月はいくらで着地しそうか」を確認するだけという、Excel時代と同じ使い方に戻っている例が珍しくありません。
営業会議や経営への報告も、中身の多くは今月の着地と翌月の見込みの集計です。あるチャネルで失注が増えている理由や、受注までの日数を左右している要因を調べられるデータが手元にあっても、議論はそこまで進みません。
ツールの性能が上がることと、営業組織の力が上がることのあいだには、いくつかの段差が残っています。まずその段差を整理します。
ツール活用を阻む3つの壁
ツールを使いこなせるかどうかは、3つの壁で説明できると私は考えています。壁ごとに、AIが引き受ける範囲と人間の手元に残る範囲を表にまとめました。
| 壁 | AIが担う部分 | 人間に残る部分 |
|---|---|---|
| ① 記録 | 音声・メール・行動の自動記録 | 何を、どの粒度で残すかの設計 |
| ② 発見 | 停滞案件や失注傾向の検知 | ごく少なくなっている |
| ③ 読み解きと実行 | 仮説を並べるところまで | 仮説の選別と、決める・動かす・回すという工程 |
表のとおり、①と②はAIがほぼ引き受け、③は人間の仕事として残ります。
断っておくと、これらの壁はAIの登場によって生まれたものではありません。Excelの頃も、営業組織は同じ3か所でつまずいていました。AIがもたらしたのは、機械に任せる範囲の境界線の移動にすぎません。
冒頭で触れたように、①と②の自動化は急速に進んでいます。停滞している案件の検知や、増えつつある失注パターンの指摘といった統計的な発見も、高い精度でこなせるようになってきました。
自動記録が担う範囲
とはいえ、①の記録には補足が必要です。SFAを作る側に身を置く者として、業界の宣伝文句を差し引いて読んでいただくためにも書いておきます。
AIが自動で残せるのは、商談での会話、メールのやり取り、訪問の記録など、実際に起きた出来事です。案件のフェーズの区切り方、失注理由の分類の細かさ、後で比較に耐える顧客属性の選び方といった設計は、AIの担当外です。
その設計をするには、営業組織をどの方向へ変えたいのかという全体像を先に描いておく必要があります。全体像を欠いたまま記録だけが増えると、件数は多いのに何も読み取れないデータベースが残ります。AIが取り除くのは入力の手間であり、何を残すかを決める設計ではありません。
データの外にある文脈と責任
問題の中心は③の読み解きと実行です。この壁は、AIの登場で高くなったわけでも低くなったわけでもありません。
示された兆候が本当に問題なのか、どの程度深刻か、原因は何か。これを判断するには、SFAに記録されていない情報が必要になります。担当者の最近の様子、顧客側の担当窓口の交代、業界で起きている変化、社内の力関係などです。データの外にあるこうした文脈を兆候と照らし合わせて、はじめて読み解きになります。
ただし、正直に言えば、この「データの外」は年を追うごとに小さくなっています。
商談の会話は文字として残り、社内の連絡はチャットに記録され、取引先の人事異動は報道されます。先ほど私がAIからは見えないと書いた情報の多くも、数年以内にかなりの部分が見えるようになるでしょう。AIが文脈を持てないことを前提にした主張は、長くはもたないと思います。
それでも、動かない部分が一つ残ります。読み解いたあとに続く工程です。
打ち手を決める、メンバーに実行させる、進み具合を確認する、評価に結び付ける、結果に責任を持つ。これが人間の仕事として残るのは、情報の多さや知能の高さの問題ではありません。権限を誰が持ち、誰が信頼を得ていて、誰が結果の責任を負うのかという、制度の問題だからです。AIの示唆がいかに的確でも、それを採用するか判断し、組織に実行させ、外れた場合に責任を取るのは、組織の内側にいる人間です。
この部分は技術が進んでも変わらず、変えられるのは組織の制度だけです。最後まで人間の手元に残るのは、文脈を知っていることではなく、責任を負う立場にあることだと私は考えています。
読み解きの具体的な手順
抽象論にとどめると、「文脈(コンテクスト)が重要だ」という誰でも言える結論で終わります。そこで、具体例で説明します。
仮に、AIが「大手顧客セグメントの受注率が直近3ヶ月で低下しています」と通知してきたとします。現時点でAIが出せる情報は、ここまでです。
このとき多くの組織は、受注率を戻すための施策にすぐ取りかかります。大手向けの提案資料を作り替える、クロージングの研修を実施する、といった具合に、表示された数字へ直接対処しようとします。しかしこの段階では、その数字が何を示しているのかは、まだ分かっていません。
最初に確認すべきは分母です。受注が減ったのか、それとも商談の数が増えたのか。マーケティング部門が大手企業向けのキャンペーンを実施していれば、見込みの薄い商談が分母に加わり、受注率だけが低下します。その場合、受注件数は減っておらず、そもそも問題ではないこともあります。確認を省いて施策を打てば、成果の出ている活動を止めてしまいかねません。
分母が原因でなければ、次に脱落している箇所を探します。ステージ間の遷移率を確認し、初回商談から提案への移行で落ちているのか、提案後の稟議の段階で落ちているのかを見分けます。前者であればターゲットの選び方や初回商談の組み立て、後者であれば価格や意思決定者の関与に原因があることが多いでしょう。同じ受注率の低下でも、とるべき対策はまるで違います。
続いて、リードタイムを確認します。失注に至るまでの日数が長くなっているなら、競合と比較される状況に持ち込まれている可能性を最初に考えます。ただ、稟議に時間がかかっている場合も同じ傾向が出るため、断定はしません。反対に日数が短くなっているなら、最初から相性の悪い相手と商談している可能性が高いと考えられます。
最後に、担当者別に分けて見ます。一部の担当者にだけ現れているなら、育成か担当割り当ての問題です。全員に現れているなら市場、商材、価格のどれかと考えたくなりますが、ここで見落としてはならない候補があります。マネージャー自身の指示です。半年前に自ら変更したターゲティング方針が影響しているかもしれません。全員に同じ変化が出ているとき、その共通要因の一つは、全員に同じ指示を出している本人です。
データの中で確かめられるのはここまでで、この先はデータの外の確認になります。組織変更で大手顧客の担当者が交代していないか。競合が価格を改定していないか。顧客側の窓口が世代交代していないか。
簡略化した例ではありますが、データの中で候補を絞る作業と、データの外の情報を照らし合わせる作業の二段階で進むことは伝わると思います。本記事で「読み解く」と言うときは、この二段階を通じて、数字の意味を確かめる工程を指しています。
切り口の出どころ
ここで強調したいのは、先ほど挙げた切り口のどれも、データを眺めているだけでは思い付かないという点です。分母を疑うこと、遷移率で脱落箇所を突き止めること、リードタイムを合わせて見ること、担当者別に分けること、自分の指示を疑うこと。いずれも「以前これで判断を誤った」「他社で同じパターンを見た」という積み重ねから生まれています。
知識と経験がなければ仮説は立ちません。仮説がなければ、次に確認すべきデータが決まりません。その結果、データを前にして作業が止まり、その代わりに、先ほど述べた提案資料の作り直しや研修の実施へといきなり進んでしまいます。
冒頭で書いた、機能はあるのに使われないという話はここに結び付きます。分析機能が使われない原因は、操作の難しさではなく、問いが立てられないことにあります。打ち手の質は、読みの質を上回りません。提案資料か研修かという施策の議論は、読みを終えたあとでなければ意味がありません。
読み解きを終えたら、打ち手を決め、担当者と期限と内容を割り振り、翌月の同じ会議で結果を検証します。ここまで進めて、ようやく一巡です。
前の章で、人間に最後まで残るのは責任を負う立場だと述べました。そちらが工程の出口についての話で、この章で扱っているのは入口についての話です。
AIが出す仮説の判定
付け加えると、切り口を列挙すること自体はAIが既に得意としています。人間よりも速く、漏れなく挙げてきます。
しかし、挙がった仮説の中から筋の良いものを選び、的外れなものを除く判断は、自ら読み解ける人にしかできません。読めない人には、AIの見立てが正しいかどうかを判断する材料がないためです。
判定の出発点は、何かが引っかかるという感覚です。この分析は分母を確かめていないのではないか、他の可能性はないか。こう指摘できるのは、似た状況を以前に経験しているからです。知らないことには違和感を抱けず、違和感がなければ、AIの回答はそのまま正解として扱われます。
正しいのであれば通してもかまわないのでは、という意見もあるでしょう。しかし、通した結果の責任は通した本人に返ってきます。判定を省いて実行させ、結果が外れたときに説明を求められるのは、AIではありません。この力が必要なのは、正確さを担保するためだけでなく、責任を引き受けられる状態を保つためでもあります。読み解く力はAIに取って代わられるものではなく、AIを使いこなすための前提になっていくはずです。
打ち明けると、この記事もAIと対話しながら執筆しています。構成について相談すれば、もっともらしい章立てがすぐ返ってきます。ただし、その一部は読んだ瞬間に違和感を覚えます。この順序では読者が前提を知らずに結論へたどり着いてしまう、この例は自分が見てきた現場と違う、といった具合です。そう判断できるのは、私がその現場にいたからです。営業組織を知らない人が同じ回答を読んでも、おそらく違和感は生じないでしょう。
スキルを構成する5つの動詞
ここで用語を定義します。私は、データを設計し、読み解き、対策を立て、実行させ切る力を「営業パフォーマンスマネジメントスキル」と呼んでいます。その中身は、次の表にある5つの動詞に分解できます。
| 動詞 | 中身 |
|---|---|
| 1. 測る | 何をどの粒度で記録するかを設計し、パイプラインと予実、フォーキャストの精度などを管理する |
| 2. 読む | 受注と失注、商談進捗や活動の傾向を分析し、プロセスのどこに問題があるのかを特定する |
| 3. 決める | 誰にどの優先度で売るのかを決め、分析結果を具体的な打ち手に変える |
| 4. 動かす | 個別の商談に介入し、同行や録画や1on1でフィードバックし、次の行動が取られるまで見届ける |
| 5. 回す | 週次、月次、四半期でこれらを続ける場を設計し、そこで問われる問いを固定する |
3つの壁と対応させると、①は「測る」、②は「読む」の浅い部分、③は「読む」の深い部分と「決める・動かす・回す」に相当します。
AIが代わりに担えるのは、「測る」と、「読む」の表面にとどまります。深い読み、そして決める・動かす・回すの3つは人間の仕事です。
SHOGUNは、営業マネジメントを「計測・判断・実行の仕組み」と定義しています。5つの動詞との関係でいえば、測るは計測、読むと決めるは判断、動かすは実行に対応します。回すは4つ目の要素ではなく、3つを結び付けて毎月継続している状態のことです。営業マネジメント設計は、この3つを個人の力量に頼らない仕組みとして再設計する取り組みです。本記事の文脈でいえば、AIの担当範囲が計測の側へ寄るにつれ、判断と実行が仕組みとして設計されているか否かが、そのまま成果の違いとして表れます。
なお、英語圏でセールスパフォーマンスマネジメント(SPM)と呼ばれる、インセンティブ報酬管理などを扱うツールカテゴリとは、あえて区別しています。SPMの一部という位置付けではありません。「セールス」ではなく「営業」という語を選んでいるのもこのためです。
以下では、この力が育ちにくい理由を、個人、組織、市場の3つの層に分けて見ていきます。
個人の層:卒業方式の管理職登用
最初は、管理職本人に起きていることです。
成果を上げた担当者がそのまま管理職に上がる構造は、日本だけのものではありません。ピーターの法則(Peter Principle)は、人は有能である限り昇進を続け、無能になった地位で昇進が止まるという法則で、まさにこの現象を説明しています。
営業職を対象に、これを実データで確かめた研究もあります。Benson、Li、Shueが131社の営業職のミクロデータを分析した研究(Quarterly Journal of Economics, 2019)です。相対的な営業成績が2倍になると昇進の確率はベースから約14%高まる一方、営業成績の高かった人ほど、昇進後にマネージャーとして上げる成果は低い傾向が見られました。
成績の良い担当者を管理職に登用すると、組織全体の成果が下がる場合がある。これは日本に限らず、営業職に共通する構造です。
そのうえで、日本で特に顕著だと感じるのは、登用のされ方と、その状態から抜け出す難しさです。
私はよく、管理職登用が「入学方式」ではなく「卒業方式」になっていると表現します。マネジメントに向いているから任命されるのではなく、営業で成果を上げた人が営業を卒業する形でマネージャーになります。選ばれる段階で、評価されている能力そのものが異なっているのです。
さらに、チームの数字にも責任を負う立場になるので、多くのマネージャーは担当者だった頃よりも深くプレイング業務に関わるようになります。そのため、全体を見渡してデータを確認し、対策を考え、仕組みを作る力を身に付ける時間と機会が、構造的に奪われます。
マネージャーに限った話でもありません。部長も同じ経路をたどって昇進しており、問題はより根深い可能性があります。成功体験が長く積み重なっている分だけ従来のやり方への自信が強く、SFAがなかった時代にキャリアの大部分を築いた世代なら、学び直す負担も大きくなります。
プレイングが深まる循環
やっかいなのは、この状態が自然には解消せず、長引くほど悪化する循環になっていることです。
- マネージャーが自ら商談を担うようになる。
- マネジメントに使える時間がほぼなくなる。
- 確認する人がいないため、SFAが使われなくなる。
- データが不足し、誰のどこを改善すべきかが分からなくなる(判断が感覚頼みで不確実になる)。
- 改善点が分からないので、育成が各自の勘に委ねられ、部下の成長に大きなばらつきが出る。
- 新人が戦力にならず、現場の人手不足が深刻になる。
- 成果の出ない人が退職する。
- 残されたマネージャーが欠員を補うため、さらに自ら商談を担う。
こうして一巡します。この循環にとらわれている間は、本人の意欲がどれほど高くても、データを読み解く力を磨く時間は生まれません。個人の資質だけの問題として片付けられないのはこのためです。
組織の層:可視化が目的になる構造
同じ人物でも、組織の設計によって、数字の背景を読み解くようにも、読み解かないようにもなります。ここからは組織の設計を取り上げます。
SFA導入の動機として多いのは、Excelでの管理が限界に来ている、現在のSFAを使いこなせていない、といった目の前の困りごとを解消したいというものです。営業組織をこう変えたいという目的から逆算して検討を始める例は、多くありません。
これは経営学でいう「サロゲーション(surrogation)」に近い現象だと考えています。目的が抽象的であるほど、そして代わりに置かれる指標が具体的であるほど、人は気付かないうちに指標自体を目的と取り違えます。売上の向上や組織の強化という本来の目的が、案件の可視化や入力率の向上という状態に、いつの間にか置き換わってしまうのです。
指標が人事評価と結び付くと、この置き換えは決定的になります。管理職のKPIに入力率そのものを設定している組織を、私はこれまで何度も見てきました。そうなれば入力率は売上を測る代わりの指標ではなく、それ自体を達成すべき目標に変わります。数値は順調に上がっても、営業の成果は動きません。
ここで最も重要な点を述べます。会議が「今月の着地はいくらか」という報告で終わるように作られているなら、管理職には読み解く力が要求されません。着地の数字を用意すれば、会議は何事もなく終わるからです。要求されない能力は伸びません。
評価の仕組みにも同じことが言えます。フォーキャストの精度を評価の対象にしていない組織では、その精度は上がりません。データを読み解いて手を打っても評価されず、読まずに数字だけ報告しても不利にならない環境なら、育てられる側にも育てる側にも、努力を続ける動機がほとんどありません。
削減された工数の行き先
セールステックに分類されるツールは、もともといずれも売上や営業生産性を高める目的で開発されています。にもかかわらず、実際にはコスト削減の手段として購入されている例が多く見られます。
買い手だけの問題ではありません。売り手も「これだけ工数を減らせます」という説明から始めます。そのほうが理解されやすく、社内の稟議も通しやすいからです。
そして、何を目的とする商品として購入したかが、導入後の扱いを左右します。コスト削減を理由に承認された稟議は、コスト削減の観点で効果を検証されます。入力時間は短くなったか、報告書作成の負担は軽くなったか。売上の変化は、初めから評価の対象に含まれていません。売上が伸びなくても、導入の失敗とは見なされないのです。
構造は先ほどのサロゲーションと同じですが、発生する場面が異なります。導入後に指標が入れ替わるのではなく、検討を始める時点で、何を測るかがもう決まっているのです。
この売り方には、お決まりの続きがあります。負担が軽くなった分を営業活動に振り向けられるので売上が伸びる、という説明です。しかし、この理屈は途中の段階を省いています。工数が減ることと、その時間が営業活動に使われることは、同じではありません。
同じにならないのは、便益を受け取る相手が違うからです。負担が軽くなる便益は担当者自身が受け取り、売上が伸びる便益は会社が受け取ります。空いた時間で訪問を一件増やせば、負担を負うのは本人で、成果を得るのは会社です。両者を結び付ける仕組みがなければなりません。
その一つが報酬です。日本の営業組織では、成果報酬の割合が低いケースが大半です。月に一件訪問を増やしても、その月の手取りは増えません。評価に反映されるとしても、年1回、他の項目と一緒にまとめてです。活動量を増やす判断が、近いうちに自分の得になる仕組みにはなっていません。それなら、空いた時間が最も楽な用途に流れるのは、怠けではなく合理的な選択です。制度に沿って行動しているだけなので、気合や根性を説いても変わりません。
もう一つは、時間の使い方を指示する役割です。空いた時間を何に充てるかを決め、実際にそうなったかを確認するのはマネジメントの仕事です。ところがその担い手は、前述の循環のなかでプレイングに追われています。
報酬の面でも管理の面でも、空いた時間を受け止める仕組みがありません。その状態で工数だけが削られれば、空いた時間はより楽な作業で埋まっていきます。
効率化と生産性の違い
ここで、効率化と生産性向上という2つの言葉を区別しておきます。
効率化とは、同じ成果をより少ないコストで得ることで、分母を減らす取り組みです。生産性は、投入したコストに対して得られた成果の大きさを表すため、分母を減らすことと分子を増やすことの両方を含みます。効率化は生産性向上の手段の一つにすぎず、そこだけに注目するのは片側しか見ていないのと同じです。それなのに日本では、2つがほとんど区別されずに使われている場面があります。
もっと問題なのは、工数を減らしても分母すら減らないケースがあることです。多くの企業で、営業担当者の人件費は固定費です。入力にかけていた時間がなくなっても、給与は同じです。残業が減れば人件費は下がりますが、それは労働時間を短縮した結果であり、売上とは無関係です。空いた時間が新たな成果につながらなければ、分子も分母も変わらず、生産性も元のままです。
削減した工数に人件費の時間単価を掛け合わせ、投資対効果として提示する資料があります。私がいる業界でよく見かける説明方法です。この計算が成り立つのは、空いた時間の用途があらかじめ決まっている組織に限られます。
研修中心の育成の限界
営業組織に関わるなかで、私が最も強く感じているのがこの点です。
多くの企業は、この課題を管理職の育成によって解決しようとします。研修を実施し、書籍を配布し、1on1でデータの見方を指導します。しかし、個人の努力や意志に依存した育成は、時間の面でも、理屈の裏付けの面でも、動機付けの面でも続きません。教える側にも学ぶ側にも、継続する理由がないからです。
私は、手順が逆だと考えています。読み解けるように教え込むのではなく、読み解かなければ乗り切れない場を用意する。そうすれば、人はその場に備えて、自らデータを確認するようになります。
具体的には、次のような設計です。
- 前月のフォーキャストと実績の差を、毎回共通のフォーマットで振り返る。
- ステージ遷移率を決まった時点で算出する。
- フォーキャストの精度自体を管理職の評価項目に加える。
- 経営陣が数字の背景を確認する場を、四半期ごとに設ける。
いずれも地味な設計ですが、研修を10回実施するより、会議のアジェンダに1行加えるほうが、管理職は確実にデータを確認するようになります。確認しなければ会議で答えられないからです。ここまで述べてきた課題はいずれも、個人の問題のように見えて、実際には仕組みの設計の問題です。
私がこう考えるに至った背景には、自分自身の経験があります。
社会人としての出発点は、外資系製薬会社のMR(医薬情報担当者。いわゆる営業職)でした。その職場では、営業が学問に近いほど体系立てられていました。担当エリアやアカウントの処方(購買に相当します)データが毎月届き、個人の実績は半日単位で共有され、どの顧客をどの順で訪問するかを数値から組み立てていました。そのためのツールには投資がなされ、話し方や疾患知識の研修、最新の論文の提供もあり、それらを前提としたレビューの場が設けられていました。個人の努力に委ねられていた範囲は、想像よりはるかに狭かったと思います。
製薬業界は収益性が高いからこそ可能だった、という反論はもっともです。他の業界に同じ規模の投資を求めるのは現実的ではありません。
それでも、学ぶべきは投資の規模ではなく設計の発想です。データを提供すること、判断の型を教えること、それを使わなければ成り立たない場を用意すること。この3つは、大きな費用をかけずに実現できます。
育成の成否を決めるのは本人の意欲ではなく、育成の仕組みを設計する側です。そして、その設計を担うべきなのは一段上の層、すなわち経営や事業責任者です。ここで話は次の層へ移ります。
市場の層:外部支援の空白
仕組みを設計する力(人材、スキル、知見といったリソース)が社内に足りない場合、通常は外部の力を借ります。しかし、この役割を担う存在が現在の日本では少ない、と私は実感しています。
ツールの売り手と買い手
最初に、ツールを提供する側について述べます。私自身がそこに属しているので、自分への言及も含んでいます。
SFAベンダーのカスタマーサクセスマネージャーは、製品の操作には通じていても、営業組織の分析や対策立案の専門家ではありません。これは能力ではなく役割の問題であり、多くの場合、その業務は提供サービスの範囲外です。
提案を担当する営業も同じ状況にあります。理想を言えば、担当者としても管理職としても成果を上げ、大企業から中小企業までの組織を経験し、外部の立場から組織改革を進めた経験もある人が提案すべきです。しかし、そうした人材がツール販売の営業担当になることは、報酬の水準から見ても役割から見ても見合いません。その結果、提案はツールの機能を中心とした内容になります。悪意があるのではなく、構造がそうさせているのです。
売り手が組織改革にまで踏み込まないのにも理由があります。自社で制御できず責任も取れない領域まで提案すれば、成果が出なかったときに信頼を損なうからです。
買い手の側にも、社内外で組織改革を推進した経験とテクノロジーへの理解を兼ね備えた検討担当者は、ほとんどいません。機能や価格は比べられても、自社の営業組織をどう変えるべきかという、より上流の問いには手が届きにくくなります。
売り手も買い手も、目指す営業組織の姿を自分たちで描けないまま、ツールの選定と購入が進んでいく。残念ながら、それが現状だと私は受け止めています。
コンサルティングの4つの型
それでは、外部のコンサルティングはどうでしょうか。
ひとまとめに「コンサル」と呼ばれることが多いものの、実際には成り立ちの異なる4つのスタイルが同じ名前で活動しており、強みも、手の届かない領域も異なります。見分ける基準は一つで足りると私は考えています。何を繰り返し使うことで事業を成り立たせているか、です。この観点で見ると、4つははっきり分かれます。
事業再生、事業承継、M&Aを中心に、公認会計士や税理士などの有資格者の専門性を強みとする会社もありますが、営業組織を対象とする領域ではないため、ここでは除外します。
1つ目は、方法論を繰り返し使うスタイルです。米国で確立されたコンサルティングの手法を基盤とする会社がこれに該当します。戦略系も、業務改革からIT導入までを一貫して請け負う総合系も、外資系・日系を問わずこの分類です。仮説を立てて事実で検証し、論点を構造化して意思決定につなげる。この手順そのものが商品なので、業界を問わず通用します。
ただし、営業パフォーマンスマネジメントとの相性は良くありません。この領域で求められるのは、パイプラインレビューの運営方法、フォーキャストのずれの詰め方、商談への関与の仕方など、現場の運用を細かい解像度で設計することです。営業の現場を知り、なおかつ組織改革を最後までやり遂げた人は、こうした会社の中に多くはいません。単価と契約期間の構造から、毎週の会議に出席し続ける支援を事業にしにくいという事情もあります。
2つ目は、事例を繰り返し使うスタイルです。中堅・中小企業を主な顧客とする日系の独立系会社によく見られます。業種別に支援実績を積み上げ、成功したパターンを別の会社に展開します。1回限りの研修ではなく、月次の顧問契約のような形で運用まで継続して伴走する場合もあります。同業の経営者が成功例を共有する研究会も、その情報の土台になっています。毎月現場に関わり続けるという意味では、1つ目より深く入り込んでいるとも言えます。
弱みは、伴走の起点にあります。処方のもとになるのが同業他社で成功したパターンであり、その会社に固有の原因を突き止めた結果ではない点です。業種が同じでも、商材の単価、組織の成長段階、評価制度は会社ごとに違います。合えば見事に機能しますが、なぜ機能したのかを説明できないため、合わなかったときに次の打ち手が出てきません。
3つ目は、自社の商材を繰り返し使うスタイルです。コンサルティングと称していても、実際には研修パッケージ、ツール、アウトソーシングなどを販売することが目的になっている形で、ベンチャー系の支援会社によく見られます。販売するものが最初から決まっているので、原因の診断もそこへ向かって絞り込まれていきます。悪意ではなく、事業の構造がそうさせます。これは先に述べたSFAベンダーの構造と同じ理屈であり、私自身にも当てはまる指摘です。
4つ目は、自らの経験を繰り返し使うスタイルです。個人や少人数で活動する人に多く、グレイヘアコンサルティングと呼ばれます。自分がどのようにトップセールスになったかという経験を伝えること自体が価値になります。うまくはまったときの説得力は、どのスタイルよりも強力です。ただし、参考にできる事例は本人が所属してきた組織に限られます。そこで成果を上げた施策は、その組織の商材、顧客層、評価制度という前提のもとで機能したものです。前提の異なる会社で機能しなかったとき、その理由を説明する方法がありません。
再利用できない工程と事業性
このように並べると、どれが優れているかという話ではないことが見えてきます。いずれも繰り返し使えるものを持っているから、事業として成り立っています。方法論も事例も商材も経験も、何社にでも持ち込めるので商売になるわけです。
逆に言えば、繰り返し使えないものは、どの事業モデルにも組み込みにくいということになります。
営業パフォーマンスマネジメントの支援で求められるのは、その会社のSFA(場合によってはExcelや帳票)を開いて固有の原因を突き止め、会議体と評価制度に合わせて再設計し、実行に移されるまで見届ける工程です。伴走という形態は、前述のとおり事業として成り立ちます。持ち運べないのは中身です。A社のデータから導いた原因は、B社には当てはまりません。毎回一から読み解くしかない工程は、どれほど価値があっても在庫として蓄積できず、商品にしにくいのです。
要するにこの空白は、誰かの怠慢で生じているのではなく、繰り返し使えないという性質によって構造的に生じています。その中間に手を伸ばせる担い手は、日本ではまだ層として薄いと感じます。誰がこの空白を埋めるのかは、日本の営業組織にとって切実な問いだと考えています。
3つの立場を経験して見えたこと
ここで、私がこの空白をどの位置から見ているのかについて、簡単に触れておきます。
前述の製薬会社では担当者として、その後は別の会社で管理職として、一定の成果を上げてきました。ただ、その成果が及ぶのは、自分が属する一社の内側だけでした。より広く良い影響を与えたいと考え、社外から複数の企業を支援するコンサルティングにも携わりました。
しかし、そこでも別の壁に突き当たりました。同時に支援できる企業の数は、自分一人のリソースに左右されます。加えて、ある会社の売上を伸ばす支援は、同じ市場の別の会社から売上を奪っているだけではないか、という疑問も消えませんでした。自分は本当に何かを生み出しているのかと、自問するようになりました。
もっと広げられる形で届けたいと考え、ソフトウェア、すなわちセールステックの領域に移りました。SFA(CRM)を選んだ理由は、営業に関わるデータがすべてそこに集まるからです。営業組織を変えるために最も大切な情報は、結局そこにあります。この考えは今も同じです。
ところが、ここでも本記事で述べてきた構造に向き合うことになりました。ツールやソリューションで解決できる範囲と、顧客に必要な変革の範囲(顧客自身が必要だと認識している範囲と同じとは限りません)とのあいだに、ずれがあること。そして、ツールの提供側には、そのずれを人の支援で補う余地が構造的に乏しいこと。この点には、率直に言ってもどかしさを覚えています。
売る立場、外から支援する立場、道具を作る立場。この3つをすべて経験したからこそ、空白の輪郭がよく見える、という実感があります。SHOGUN Growth Advisoryが営業マネジメント(計測・判断・実行の仕組み)の設計と実行管理を中心に据えているのは、この空白に対する私の答えです。
SFA以外の道具にも共通する構造
お気づきの方もいると思いますが、本記事はSFAを題材にしつつ、SFAに固有の問題はほとんど扱っていません。
これは意図したものです。SFAを取り上げたのは営業データが最も集まる場所だからで、この道具に特有の欠点を指摘する目的はありませんでした。
3つの壁に当てはめると、①記録と②発見は道具によって差が生じます。SFAとExcelとでは、扱えるデータの量、処理の速さ、分析の切り口に大きな開きがあります。そして、まさにこの部分が今AIによって急速に補われています。一方、③は道具を替えても中身が同じです。問いを立てるのは誰か、判断するのは誰か、結果を引き受けるのは誰か。これは組織の設計に属する事柄なので、Excelで管理していても、SFAを使っていても、別のセールステックを導入していても、同じ場所に残り続けます。
道具が高性能になるにつれて、道具で補える範囲は前半に集中し、差が生まれる場所は後半だけになります。ツールを入れ替えても解決しないというのは、この意味です。そして、その残る部分に手を伸ばせる担い手が少ないというのが、前章で述べた空白でした。
AIの普及で広がる組織間の差
本記事の内容は、SFAベンダーに非があるとか、その営業担当者の力不足だとか、導入企業の営業管理職の水準が低いとかいう主張ではありません。どの立場にも、それぞれの合理性があります。ただ、私の見る限り、こうした構造が実際に存在していることは知っておいていただきたいと考えています。
データの入力と発見をAIが代わりに行うこれからは、むしろ厳しい時代になる可能性があります。データが足りない、分析の時間がないという理由の陰に隠れていた、読み解いて決める力と実行させ切る力があるかないかが、もう隠せなくなるからです。
ただし、そうなるのは、問われる場を持っている組織、または持てている組織に限られます。
本記事の途中で、会議が着地の報告で終わる作りなら、管理職に読み解く力は求められないと述べました。その通りだとすれば、AIがいくら完全なデータをそろえても、そうした組織には何の変化も起きません。会議は従来どおり着地の報告で終わり、理由を問われる機会自体が生まれないからです。
問う仕組みを備えた組織は、AIが手間を肩代わりした分を、読み解きと実行に充てられるようになります。備えていない組織は、空いた時間を別のプレイングで再び埋めてしまいます。
広がるのは組織の設計の差にとどまりません。同じAIを使っても、読み解ける人はそこから次の問いを立て、読み解けない人は出てきた答えをそのまま会議に持ち込みます。道具が高性能になるほど、使い手の力量の差がそのまま出力の差になります。したがってAIは、組織間の差を縮めるよりも、広げる方向に作用すると私は考えています。
日本企業の営業管理職が置かれたこの構造に、私は強い危機感を抱いています。マネージャーに限らず、部長についても同様です。営業パフォーマンスマネジメントスキルは、何もしなくても自然に身に付くものではありません。意識的に育てるというより、育たざるを得ない仕組みを設計すること。あるいは、それを外部から支える存在が欠かせないと考えています。
自社の確認項目
ここまでの内容を、自社の状況を確かめるための項目として整理します。
- SFA(CRM)やAIツールを導入する際の稟議で、効果の評価項目に売上や受注率が含まれているか。工数削減だけが評価されていないか。
- 入力率そのものが管理職のKPIに設定されていないか。
- 案件ステージの区切り方と失注理由の分類を、誰が何を読み取るために決めたのか説明できるか。
- 営業会議で前月のフォーキャストと実績の差を取り上げているか。取り上げているなら、差が生じた理由まで問われているか。
- AIや分析機能が示した数値について、分母を確認してから打ち手を決めているか。
- フォーキャストの精度が管理職の評価に含まれているか。
一つでも答えに詰まる項目があれば、AIが入力の手間を取り除いても、その組織の売上は変わりません。詰まった項目こそ、AIではなく設計で改善すべき箇所です。
現場の管理職ができること
もっとも、ここまでの処方は、会議体の設計も評価や報酬の設計も、経営や事業責任者の権限がなければ動かせないものでした。それでは現場のマネージャーにとって他人事になってしまうため、最後に権限がなくても実行できることを一つだけ挙げます。
営業会議が着地の確認で終わること自体に問題はありません。予測を立て、約束する。それはその会議の正当な目的です。ただ、その予測が当たったかどうかを検証している組織は、意外に少ないのが実情です。
ご自身のチームの会議で、前月の予測と実績の差を一つだけ取り上げ、なぜ差が出たのかを尋ねてみてください。全部を扱う必要はなく、毎回一つで足ります。答えられないと気付いた時点で、マネージャー自身がデータを確認しに行くようになります。メンバーも、次回はそれを聞かれると分かるので、数字を用意してくるようになります。
上層部を動かす権限がなくても、自分の会議のアジェンダに1行加える権限は、ほとんどの管理職が持っています。データを読み解く力は、日々の小さな「なぜ」の積み重ねによって鍛えられていきます。

