セールステック

セールステックの全体像と取り入れる順番

この記事の要点

セールステックとは、営業領域のテクノロジーのことです。カテゴリは50を超え、ツールは世界で数千に及びます。カオスマップを眺めても、自社に何が必要で、どこから手を付ければよいかは見えてきません。一方で、SFA(CRM)や商談解析ツールを入れたものの、営業の進め方は変わらなかった、という話も多く聞きます。

この記事では、セールステックの全体像を「下から積み上がる4つの層」として捉え直します。その構造をもとに、日本の導入状況、世界のセールスを動かしている2つの流れ、注目カテゴリ、そして2025年に米国で広がっているGTM Automation AIと、それが日本ではそのまま使えない理由を整理します。最後に、日本の営業組織がテクノロジーを取り入れる順番について、私の考えを書きます。

前半は2023年2月、GTM Automation AIについては2025年6月時点で私が調べ、考えたことをもとにしています。数字や企業の状況はそれぞれの時点のものです。私はカリフォルニア州を拠点に、米国のセールステックの動きを現地で追いながら、日本の営業組織を見ています。

カオスマップから見る市場の構造

2022年12月に、日本のセールステックベンダーを分類したカオスマップ「2022 Japan SalesTech Landscape」の作成に携わりました。米国のNancy Nardin氏が作成している「2022 Enterprise SalesTech Landscape」と同じカテゴリ分けを、同氏の許可を得て使い、日本のツールを当てはめたものです。

世界版と日本版を並べると、日本はセールステックの数がまだ少なく、該当するツールがない(N/Aと書かれた)空のカテゴリも目立ちます。全体として遅れている状況がわかります。

下から積み上がる4つの層

世界版のカオスマップは細かく分かれていて複雑に見えますが、下から上へ4つの層として捉えると理解しやすくなります。

  1. SFA(CRM):営業データの基盤。最も導入率が高いカテゴリです。営業と顧客にまつわるデータがすべて集まるので、土台になるのは自然なことです。米国での導入率は74%とされています。
  2. 営業データの整備。SFA(CRM)に蓄積されたデータを整えるカテゴリです。データベースのクレンジングと補完(Database Cleanse & Append)、活動記録の自動入力(Unified Activity Entry)などが含まれます。
  3. データの活用。蓄積したデータを使うカテゴリです。営業パフォーマンス管理、売上予測とレポーティング、スキル開発と定着、ゲーミフィケーション、デジタルアダプションなどがあります。
  4. 個別業務の効率化。最上部にある、個別具体の業務を効率化するカテゴリ群です。見込み顧客の優先順位付け(Web訪問企業の特定、リストの作成、ターゲティング)、接点づくり(リードへのアプローチ、日程調整、コンテンツ管理、オンライン商談)、商談の獲得と推進(提案支援、価値提案とROI、デジタルセールスルーム)、クロージング(電子契約、見積もり作成)、既存顧客の拡大(カスタマーサクセス、更新管理)と、営業プロセスの段階ごとに細かく分かれています。

この構造で大事なのは、上の層のツールが下の層のデータを前提にしていることです。売上予測のツールは、SFA(CRM)に同じ定義で記録された案件データがあって初めて動きます。上に行くほど個別の業務に近く、下に行くほど営業マネジメントの基盤に近い層です。

日本でも、データ整備やデータ活用といった中層のセールステックスタートアップが、2023年頃までの数年で台頭し始めていました。ようやく最下層のSFA(CRM)が一般化し、これから上の層のカテゴリが広がっていく段階に来ていたと見ています。

日本のセールステック市場の現状(2022年時点)

統計データで日本の市場を見てみます。以下は2022年に実施された調査「Japan Sales Report 2022 Winter」(回答者500名)の結果です。

導入率

現在使用しているセールステックツールを尋ねた結果は、次の表のとおりでした。

ツール 導入率
SFA(CRM) 27.8%
MA(マーケティングオートメーション) 9.2%
セールスイネーブルメントツール 3.8%
商談解析ツール 3.8%
CTI 3.4%

日米ともに最も導入が進んでいるのはSFA(CRM)ですが、日本は3割弱にとどまります(調査によっては3割強という結果もあります)。一方の米国は74%です(Stellaxius, 2019。調査によっては8割を超えるという結果もあります)。同じ条件で比較したものではありませんが、差は大きいと言えます。

当時、日本のCRM市場の年平均成長率は5%台でした。米国の導入率がこのまま伸びないと仮定しても、日本が米国の現状に追いつくまでに15年以上かかる計算になります。

導入と業績の関係

一方で、セールステックについて前向きなデータもあります。同じ調査で、2022年1月以降の所属組織の業績を前年同月比で尋ねた結果です。

  • ツール未導入の群:業績向上18.9%、変化なし58.6%、業績低下22.5%
  • ツール導入済みの群:業績向上32.6%、変化なし46.6%、業績低下20.8%

導入しているツールの数別に「業績向上」の割合を見ると、次の表のようになりました。

導入しているツールの数 業績向上の割合
0個(未導入) 18.9%
1個 25.4%
2個 28.4%
3個以上 41.2%

セールステックを導入している群のほうが業績が上がっている会社が多く、3つ以上導入している群ではその傾向がさらに強くなっています。ただし、これは「鶏と卵」の問題で、売上が伸びている会社だからセールステックに投資できている、という可能性も否定できません。それでも、日本企業にとってもセールステックの活用が売上に前向きな効果を持つと考えるのが自然です。

この数字は、ツールを3つ入れれば業績が上がるという意味ではありません。複数のツールを使えている会社は、土台のSFA(CRM)にデータが残り、その上に整備や活用のツールを重ねられている会社です。効いているのは導入数ではなく、下の層が整っていることだと私は読んでいます。SFA(CRM)の次の領域である「データの整備」や「データの活用」のプロダクトが充実し、導入する企業が増えていくことが、日本の営業のデジタル化の近い将来の姿になると考えていました。

世界のセールスを取り巻く2つの流れ(2023年時点)

セールステックの方向性を読むために、セールスの世界で何が起きているかを大きく捉えてみます。2023年時点で、私は次の2つの流れがあると考えていました。

1. 売り手主導から買い手主導へ

2000年代以降、インターネットが一気に普及し、個人が得られる情報の量も質も急激に増えました。インターネットの普及前は、営業担当者との会話や、営業担当者が渡すパンフレットなどが買い手の主な情報源でした。誰でも手軽に専門的な情報を得られるようになると、購買に関わる人が増え、それぞれが情報と意見を持って関わり、考慮すべき情報も増えます。こうして購買プロセスは複雑になり、買い手が意思決定する難しさは増し、買うまでの期間は長くなりました。

企業内の購買プロセスは、現場の意見、意思決定のルート、決裁のルート、予算委員会、役員会議、仕様の検討などが入り組んだ迷路のようなものです。その大半は営業からは見えず、購買の進み具合が止まるのは、たいてい営業がいない場面です。

このような状況から、「バイヤーエンゲージメント」や「バイヤーイネーブルメント」という言葉が広まりました。

  • バイヤーエンゲージメント:購買の道のりの多くの接点で、買い手が企業の提供するサービスや活動に参加し、つながりを持つ度合い(Accent Technologiesの定義より)。
  • バイヤーイネーブルメント:購買に必要な重要な活動を完了できるよう支援する情報を提供すること。セールスイネーブルメントが売り手の販売を支援するように、バイヤーイネーブルメントは、購買プロセスを進めやすくするための助言と実務的な支援によって、買い手の購入を支援する(Gartnerの定義より)。

買い手と信頼関係を作り、営業と購買を一緒に進められるかどうかが重要だと、改めて認識されているということです。

これまでの数十年で、売り手はテクノロジーやメソッドの進化によって、営業プロセスやノウハウを組織として型にし、平準化してきました。しかし、「売る」活動には必ず「買う」活動と「買い手」が伴います。売り手だけが進化し、買い手が置き去りにされると、両者の間にすれ違いが生まれます。

「Japan Sales Report 2022 Buying Study」では、売り方と買い方の違いが示されています。売り手のプロセスが「案件創出 → デモ → 提案 → 条件交渉(価格、要件、契約内容)→ 契約」とまっすぐ進むのに対し、買い手のプロセスは「課題の定義 → リソースの優先順位決め → 役員主導のプロジェクトの組成 → 解決アプローチの決定 → ソリューションの評価 → 要件の整理 → ベンダーの選定 → 関与者との調整 → 予算と価格の調整 → 法務チェックと契約 → 新しいオペレーションとツールへの習熟 → 成果の創出」と行きつ戻りつしながら進みます。購買者が最も苦労していたのは、リソースの優先順位決めから関与者との調整までの範囲でした。

売り手の側は、セールステックやセールスノウハウに投資すればするほど進化し、それが売上につながります。そのため、営業研修、コンサルティング、セールステックベンダーといったビジネスが生まれ、発展してきました。一方で、買い手は会社の意思決定を伴う購買を、キャリアの中でそう何度も経験しません。購買の習熟に対する必要性は低いままで、しかも購買には少しでも安く買いたいという心理が働きます。そのため、「購買を最適化するソリューション」のようなビジネスは生まれにくいという特性があります。

こうして売り手と買い手の情報格差や経験格差は広がり続け、買い手のスキル開発がボトルネックになり始めていることが、近年注目されるようになりました。バイヤーイネーブルメントという言葉に代表される「買い手主導」の時代が来ていると言えます。2023年時点で、BuyerAssistやEnable Usのように、バイヤーイネーブルメントを掲げるツールも出てきていました。

2. 分業から再統合へ

日本では、The Modelに代表される分業型の営業組織が広まり、インサイドセールス組織を立ち上げる企業も増えてきました。同時に、購買活動の複雑さや分業の弊害も見えてきています。営業プロセスをすべて一人で担うのでも、完全に分けるのでもなく、異なる役割を持ちながら協力し、グラデーションで活動を分担する時代に入りつつあるように見えます。

Gartnerは、顧客との関係を「購買サイクル」「利用サイクル」「顧客の意思決定サイクル(更新か解約か)」に分け、そのすべてにセールス、マーケティング、カスタマーサクセス、導入・サポートの活動が重なり合って関わる形で示しています。

セールスイネーブルメントは、分業によって生まれたセールスの専門性を「型とデータ」で有効にするための考え方ですが、定義を詰めていくほど、セールス組織の中だけではカバーしきれないことがわかってきました。そのため、セールスイネーブルメントはレベニューイネーブルメントへと広がりつつあります。同じように、セールスオペレーション(Sales Ops)はレベニューオペレーション(RevOps)になり、セールステックもRevTechやGTM(Go To Market)Techと呼ばれるようになってきています。

売り手主導から買い手主導へ、分業から再統合へ。この2つの流れは、数年単位では大きく変わらないと考えています。

注目カテゴリ(2022〜2023年時点)

成熟したカテゴリとユニコーン

収益予測(Sales Forecasting & Reporting)、会話分析(Conversational Intelligence)、営業人材育成(Sales Enablement)、営業実務の効率化(Sales Engagement)といったカテゴリは、数年前に大きく伸びてユニコーンを生み、日本でも台頭し始めました。2023年時点で、日本では次のようなプロダクトがこれらのカテゴリに当たると見ていました(順不同)。

  • 収益予測:SALESCORE、GRAPH、Srush
  • 会話分析:ailead、amptalk、MiiTel、pickupon
  • 営業人材育成:KNOWLEDGE WORK、Sales Doc、Handbook X
  • 営業実務の効率化:MAGIC MOMENT、LEADPAD

2022年時点のセールス(レベニュー)テックのユニコーンと時価総額は、次のとおりです。

  • Clari:26億ドル(収益予測)
  • Gong:72.5億ドル(会話分析)
  • Highspot:35億ドル(資料管理)
  • Lusha:15億ドル(企業データ)
  • Mindtickle:12億ドル(営業人材育成)
  • Outreach:42億ドル(営業実務の効率化)
  • People.ai:11億ドル(アカウント営業)
  • Salesloft:23億ドル(営業実務の効率化)
  • Seismic:30億ドル(営業人材育成)
  • 6sense:52億ドル(収益予測)
  • Drift:10億ドル(Web接客)

SalesforceとClariを組み合わせて、リアルタイムに売上予測やKPIを管理する会社も外資系を中心に増えました。Gongからは、商談中に「定価」という言葉を使うと受注までのリードタイムが19%長くなる、といったデータも出ています。2023年にかけて各社の時価総額は大きく変動しましたが、Gongは一時1兆円近い時価総額をつけていました。当時、日本発のセールステックでユニコーン(時価総額1,000億円以上)はまだ登場しておらず、規模感はかなり違います。

新興カテゴリの2つの傾向

ユニコーンが並ぶカテゴリは、すでに成熟したカテゴリと言えます。一方、アーリーステージで資金調達をした若い企業とそのカテゴリを見ると、2つの傾向がありました。「購買者(バイヤー、ユーザー)のデータの取得と活用」と「業務の自動化」です。2022年時点の新興カテゴリと代表的な企業は次のとおりです。

  • Seller Workflow Automation(自動化):Scratchpad、Dooly
  • Product-Led Sales(購買者データ):Pocus、Endgame
  • Demo Experience(購買者データ):Reprise、Tutorial、Walnut.io
  • GTM Data Automation(自動化):Census、Syncari、Openprise
  • Pre-Sales(自動化):Vivun
  • Sales Coaching(自動化):Second Nature
  • Scheduling Automation(購買者データ・自動化):Kronologic、Chili Piper、Calendly
  • Digital Adoption:Spekit
  • Mutual Action Plans(購買者データ):Accord、Recapped
  • Outbound Automation(自動化):Orum
  • Digital Sales Room(購買者データ):Salesroom、GetAccept

デモの利用データ、トライアルアカウントの利用データ、デジタルセールスルームへのアクセスログなど、買い手をトラッキングして一次情報を取り、営業のアプローチに役立てるセールステックが注目されていました。これまでのセールステックは、SFA(CRM)をはじめとして、売り手(営業)が入力したデータをもとにするものが多かったからです。

デジタルセールスルームは、営業担当者が顧客ごとに専用のオンラインスペースを作り、資料、議事録、タスクなどを共有しながらやり取りする仕組みで、売り手は資料の閲覧状況などから買い手社内の検討の様子を知ることができます。GTM Partnersの調査では2022年に市場が約300%拡大したと報告されており、Gartnerは2025年までにBtoBの売り手と買い手のやり取りの80%がデジタルチャネルで行われるようになると予測していました(いずれも2023年6月時点で参照)。

もう一つの「自動化」の流れも強いものです。Salesforceの調査(2023年)では、営業担当者が実際の営業活動に使っている時間は全体の28%にとどまるとされています。電話、メール、SFA(CRM)への入力、データ処理など、無駄な作業や面倒な作業を自動化し、営業担当者の時間を確保しようとするアプローチです。

日本市場では、海外のプレイヤーが一定の成功を収めた後に、ようやく同じカテゴリのプロダクトが出てくることが多く、SFA(CRM)の導入が遅れているのと同じように、市場の立ち上がりも遅いという面がありました。日本企業は意思決定が遅く複雑なことが多く、営業も購買も難易度が高いと考えられています。加えて、労働人口の減少は営業職にも大きく影響するため、セールステックを活用した営業生産性の向上は急務です。差し迫った状況だからこそ、日本発のセールステックにも、海外に追随するだけでなく、新しいカテゴリを作る挑戦が求められていると考えています。

2025年のトレンド:GTM Automation AI

ここからは2025年6月時点の内容です。2025年5月にサンフランシスコで開かれたSaaStr AI(SaaSとソフトウェアの世界最大級のカンファレンス)に参加し、米国で「GTM Automation AI」と呼ばれるカテゴリへの注目の高さを体感しました。以下は、事実をもとにした私の解釈と考察です。

代表的なツールとできること

ZoomInfo、Apollo.io、Salesloft、Outreach、Reply.io、Groove、6sense、Terminus、RollWorks、Momentum、PROPENSITYなどがこのカテゴリに当たります。GTM Automationと呼ばれる前から、セールスインテリジェンス、セールスエンゲージメント、ABMツールといった別のカテゴリで知られていたものが多くあります。大手レビューサイトのG2には、2025年6月時点でセールスインテリジェンスのカテゴリだけで336、セールスエンゲージメントのカテゴリで218のツールが登録されている激戦区です。

多くのツールに共通する中心的な機能は次のとおりです。

  • 企業情報の取得:外部データベースから企業プロファイルを自動で取得
  • リード情報の取得:連絡先データや行動シグナルを自動で取得
  • ターゲティング:企業やリードのスコアリングとセグメンテーション
  • コールドメールの生成:テンプレートとAIライティングによるパーソナライズしたメールの作成
  • シーケンスによる自動アプローチ:条件に応じたフォローアップメールの自動送信
  • マルチチャネルの一元管理:メールだけでなく、音声通話、SMS、チャットボット、SNSのダイレクトメッセージなどを一元管理し、自動で実行
  • トリガーとアラート:資金調達やWeb上の行動などのイベントをきっかけに、次のアクションを自動で起動

GTM Automation AIとは、これらの機能を組み合わせて、外部からリードリストを取得し、狙うべきターゲットのリストを作り、最適なタイミングで、パーソナライズした文章を作り、最適なチャネル(メール、SMS、LinkedInのDMなど)から繰り返しアプローチする、という一連の流れを半自動で行うツールのカテゴリです。リード情報は、企業の公開情報だけでなく、資金調達のニュースのようにほぼリアルタイムで更新される動きも捉えられます。個人についても、連絡先、関心のあるテーマ、利用しているツール、セミナーの参加履歴などまで取得できます(オプトインしていなくても取得できます)。

鍵になるのは、会社と個人の情報を詳しく取得できることと、AIの進化によって、スピードでも質でも人間を大きく上回るパーソナライズしたアウトバウンドが可能になっていることです。それを24時間365日、最適なタイミングで、人間では不可能な量で行えます。私は、相当数のインサイドセールスの人員が不要になるのではないかと感じました。SaaStr AIでは、Artisanが「Stop Hiring Humans(人間を雇うのをやめよう)」と訴求し、セッションでは「AIはすでに世界最高のBDR(新規開拓担当)になれる」という主張が紹介されていました。

成り立ち

主な機能を並べると、もともと別のカテゴリのセールステックに搭載されていた機能が中心であることがわかります。

2010年代にセールステックは急増し、カテゴリは50以上、ツールは世界で数千(G2で4,500程度)にまで膨らみました。細分化したツールが増えると、ツール同士の連携が難しくなり、目的に応じて使い分ける難易度も上がり、サイロ化が進みます。それがかえって生産性を下げ、利用者のストレスになることが問題視されるようになりました。

そうした中で、2020年頃から、ユニコーンを中心とした大手セールステック企業が周辺領域のスタートアップを買収して領域を広げる動きが広まりました。Forresterは、この間の主な出来事を次のように整理しています。

  • 2020年:新型コロナウイルスの流行。OutreachがKaia(会話分析)を発表
  • 2021年:ZoomInfoがChorus(会話分析)を、OutreachがCanopy(レベニューインテリジェンス)を、MediaflyがInsightSquared(レベニューインテリジェンス)を買収
  • 2022年:Salesforceがレベニューインテリジェンスを発表。SalesloftとGongが売上予測機能を追加。ClariがWingman(会話分析)を買収。ChatGPTが公開
  • 2023年:Gongがセールスエンゲージメント機能を追加。ClariがGroove(セールスエンゲージメント)を買収。MicrosoftがCopilot for Salesを発表

これにより、セールスインテリジェンス、セールスエンゲージメント、会話分析の境目が薄くなり、個別最適のツールから、レベニューオーケストレーションプラットフォーム(Revenue Orchestration Platform)と呼ばれる領域ができてきました。

そこに生成AIが加わりました。レベニューオーケストレーションプラットフォームでも、リード情報を取得してセグメントごとに自動でアプローチすることはできましたが、完全にパーソナライズされたものではありませんでした。生成AIはリードの情報をもとに一人ひとりに合わせた文面を作り、AIエージェントがその作成作業を自動で処理します。個人情報を取得できるセールスインテリジェンスと、アプローチを半自動化できるセールスエンゲージメントの相性が非常によく、AIエージェントの登場によって、人間を超えるパーソナライズと行動量が可能になりました。カテゴリの範囲は変わらなくても、プロダクトの価値が大きく引き上げられ、GTMに欠かせない道具になったのです。

日本でGTM Automation AIが使えない理由

残念ながら、2025年時点の日本の市場環境からは、このようなGTM Automation AIは生まれにくく、米国のツールもそのままでは使えないと私は考えています。そうである限り、米国と日本の営業生産性の差は広がっていきます。2021年に公開されたマッキンゼーのレポート「日本の営業生産性はなぜ低いのか」でも触れられていなかった、より根本的な市場環境の違いです。

法規制

日本でGTM Automationのツールが生まれにくい背景には、「データの取得」と「自動のアプローチ」の2点を厳しく縛る法規制があります。

  • 個人情報保護法:日本では米国と異なり、メールアドレス、役職、氏名などのビジネス上の連絡先情報も広く個人情報とみなされます。企業間であっても、収集したリード情報を無条件に販売・利用することはできません。米国で取得できるようなリード情報を買うことができず、情報が足りません。
  • 特定電子メール法(いわゆる迷惑メール防止法):マーケティングや営業を目的としたメールには、受信者の事前の同意(オプトイン)が必要です。そのため、自社で取得したリードリストしか使えません。

結果として、リードは自社で集めるしかありません。イベントやコンテンツマーケティングを行い、Webフォームで情報を入力してもらう必要がありますが、離脱を防ぐには入力項目を絞らざるを得ず、詳しい情報は取れません。日本では、リードの量も質も限られた状態でビジネスをすることになります。

商習慣

日本の商習慣では、昔から人と人との信頼関係が重視されてきました。新しい取引でも知人や同じ地域の人からの紹介が重んじられ、デジタルチャネルからいきなり連絡をすると失礼だと受け取られることも少なくありません。米国では、知らない相手からのメールでも有益な情報であれば商談につながり、興味がなければ受信者がオプトアウトするのが当たり前という前提があります。

売り手から見れば、日本ではリードの量が足りず、情報もほとんどなく、買い手も話を聞く姿勢にない状態から商談を作らなければなりません。日本での新規開拓は非常に難しい仕事です。

日本にも同じ系統のセールステックは出てきていますが、個人情報保護法や特定電子メール法の影響で、リードの詳しい情報を取得できない、アウトバウンドのメールや電話ができないなど、本来の価値を発揮しにくい面があります。テクノロジーで解決されるか、規制が緩和されるなどのことがあれば、日本の営業組織の生産性に非常に大きな影響を与えるはずです。

使えないことによる影響

リード情報を取得できないこと、オプトインがなければアウトバウンドができないことが、すべての根本にあります。これによって、日本では次のような影響が出ていると考えています。

  • リードがないため、ビジネスが立ち上がりにくい
  • 高単価の商材では、アウトバウンドの電話に人員が必要になり、営業利益率が下がる
  • 高単価でない商材では、テレアポの人員が大量に必要になり、低賃金化する
  • 本来届くべき顧客に価値が届かず、認知もされない
  • 買い手が新しい情報に触れる機会が少なく、会社や社会の変化が起こりにくい
  • リード情報が不足するため、営業が人手で情報を集めなければならず、人件費がかさむ
  • 人手でのデータ収集には限界があり、分析できる顧客データが貯まらない
  • リードの量と情報が不足しているため、AIが効果を発揮しにくく、生産性が上がらない
  • 国際的に見て生産性の低い仕事をしていると気づいた人が営業職を避け、営業職の就労人口が減る

米国との営業生産性の差(そして給与の差)は、今後さらに開いていくでしょう。ただし、法規制の面では、むしろ米国が極端に新規開拓しやすい環境だという見方もできます。個人情報保護法や特定電子メール法が間違っていると言いたいわけではありません。

日本の営業組織にとっての可能性

正直に言えば、代わりになる解決策を私は持っていません。こうしたテクノロジーは、使えるに越したことはありません。

一方で、自動でリストを作り、自動でアプローチし、自動でフォローアップできるようになることが、必ずしも買い手にとって良い未来になるとは限りません。そう遠くないうちに、自動アウトバウンドのツールに規制がかかるか、買い手から敬遠されるようになると考えています。

そうなったときに改めて重要性が上がるのは、インバウンドマーケティング(コンテンツの力で興味を持ってもらうこと)、パートナーセールス(代理店を通じた販売)、独自のポジショニングとブランディング、権威性の確保などではないでしょうか。これらの領域で、世界的に見ても高い水準を日本の営業組織が作っていけるとよいと考えています。

日本の営業組織が取り入れる順番

ここまでを踏まえて、日本の営業組織がセールステックをどの順番で取り入れるべきかを整理します。答えは、冒頭の4つの層の順、つまり下からです。

第1層:SFA(CRM)に何を残すかを決める。 商談フェーズをどこで区切るのか、失注理由をどの粒度で分類するのか、どの顧客属性を残せば後から意味のある比較ができるのか。この定義が先にあって、初めて営業活動と案件が同じ定義の数字として残ります。SHOGUNではこの状態をつくることを「計測」と呼んでいます。何を測れば判断できるかが決まっていないまま道具を替えても、記録は残りません。

第2層:データの整備は、AIが埋める部分と、残る部分を分ける。 活動記録の自動入力やデータの補完は、AIの進化で急速に埋まっています。ただし、自動で記録されるのは「起きたこと」であって、それをどう区切り、どう分類するかという定義の側は残ります。入力の手間が減るほど、差がつくのは定義のほうになります。

第3層:データの活用は、判断の場とセットで入れる。 売上予測、レポーティング、ダッシュボード、育成のツールは、定義がそろっていない数字をきれいに集計しても読めるようにはなりません。そして、数字が読める状態になっても、誰が、いつ、どの会議でそれを読み、何を決めるかが決まっていなければ、画面が増えるだけです。数字から何が起きているかを読み、次の一手を決める週次の場を営業マネジメントの中に持つことが、この層のツールを機能させる条件です。

第4層:個別業務の効率化は、浮いた時間の使い道を決めてから。 商談解析、日程調整、資料作成の自動化などで工数は確実に減ります。ただ、浮いた時間が営業活動に向かうかどうかは別の話です。時間の使い道を決め、向いたかどうかを確かめる側がいなければ、時間はより負担の軽い仕事で埋まります。何を自動化し、どのデータを判断に使うかを決めないままツールを足しても、業務の進め方は変わりません。

2022年の調査で「3つ以上導入している群ほど業績が上がっている」という結果が出ていたのも、この順に読むと理解しやすくなります。上の層のツールが効いている会社は、下の層が整っている会社です。GTM Automation AIのような最上層のツールが日本でそのまま使えないことは、裏を返せば、下の層を固める時間が日本の営業組織にはある、という見方もできます。

SHOGUNでは、セールステックの導入そのものは営業改革ではなく、営業DXを実現するための手段と位置づけています。営業改革の中核に置いているのは営業マネジメント、つまり計測・判断・実行の仕組みです。どの層のツールをいつ入れるかは、営業マネジメントのどこが設計されていないかで決まります。ツールの選定より先に確かめたいのは、次の5点です。

  1. SFA(CRM)の商談フェーズと失注理由が、営業担当者ごとに違う意味で使われていないか。
  2. いま検討しているツールが4つの層のどこに当たり、その下の層は整っているか。
  3. ツールが出す数字を、誰が、いつ、どの会議で読み、何を決めるかが決まっているか。
  4. 自動化で浮く時間の使い道が決まっており、向いたかどうかを確かめる人がいるか。
  5. 新規開拓について、法規制の制約を前提に、インバウンド、パートナー、ポジショニングのどれに投資するかが決まっているか。

まとめ

セールステックの市場は、SFA(CRM)を土台に、営業データの整備、データの活用、個別業務の効率化へと積み上がる構造をしています。2022年時点で日本のSFA(CRM)導入率は3割弱で、米国の74%とは大きな差がありましたが、導入している企業ほど業績が伸びている傾向も見られました。

世界のセールスには、売り手主導から買い手主導へ、分業から再統合へという2つの流れがあり、セールステックでは購買者データの取得・活用と業務の自動化が新しいカテゴリを生んできました。2025年には、その延長で生成AIと結びついたGTM Automation AIが米国で広がっていますが、日本では法規制と商習慣の違いから同じ形では使えません。

日本の営業組織が取り入れる順番は、下の層からです。何を記録するかを決め、数字を読んで判断する場を持ち、そのうえで効率化のツールを足す。この順番が逆になると、ツールは増えても営業の進め方は変わりません。

参考文献

  1. Nancy Nardin「2022 Enterprise SalesTech Landscape」
  2. Japan Sales Report 2022 Winter(n=500)
  3. Japan Sales Report 2022 Buying Study
  4. Stellaxius(2019)米国のSFA(CRM)導入率
  5. Salesforce「セールス最新事情」(第5版)2023年2月7日 — 営業担当者が実際の営業活動に費やす時間の割合は全体の28%
  6. Accent Technologies: Buyer Engagement — The Universal Truth of Sales(2020年12月)
  7. Gartner: Buyer Enablement
  8. GTM Partners: Digital Sales Rooms Vendor Landscape
  9. Gartner: Future of Sales 2025
  10. G2: Sales Intelligence / Sales Engagement カテゴリ(2025年6月時点)
  11. Forrester: Revenue Orchestration Platform の成り立ち(2020〜2023年)
  12. マッキンゼー・アンド・カンパニー「日本の営業生産性はなぜ低いのか」2021年2月

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