セールスイネーブルメント(Sales Enablement)という言葉を、日本でも耳にする機会が増えました。ただ、日本ではこの言葉が営業研修や営業資料の管理を指すものとして使われることが多く、検索して出てくる記事の解釈もばらばらです。研修を増やし、資料をそろえたのに、受注率も売上予測の精度も変わらない、という話もよく聞きます。
私はセールスイネーブルメントを「狙って成果を向上させ続ける仕組み」だと捉えています。研修や資料はその一部にすぎません。中心にあるのは、顧客の購買プロセスに合わせて営業の「型」を作り、それを「データ」で検証しながら再設計し続けることです。日本の営業組織に足りないのは、この型とデータだというのが私の見立てです。
この記事の前半では、2021年に日米の書籍・レポート・論文あわせて10の文献を読み、共通して言われていることを私なりに整理した内容を書きます。後半では、2020年に私が営業チームを預かったとき、2か月で型を作るために実際に何をし、どういう結果になったかを紹介します。読み終えたときに、自社のセールスイネーブルメントに何が欠けているかを確かめられる状態を目指します。
定義
セールスイネーブルメントという概念は米国で生まれ、米国で先に広まり、実践されてきました。言葉自体は1998年頃からあったと言われていますが、米国でも一気に広まったのは2017年頃で、比較的新しい営業組織強化の手法です。
定義は、世界的に見てもまだ曖昧で、さまざまな解釈があります。米国でも正確な定義や機能は確立されていないとされ、日本では専門的な研究や調査がほとんどないため、全体像をつかむには米国のレポートや論文にあたる必要があります。
定義としては、2019年にCSO Insightsが発表したレポートにあるものが、もっとも新しく正確に表現されていると感じました。
A strategic, collaborative discipline designed to increase predictable sales results by providing consistent, scalable enablement services that allow customer facing professionals and their managers to add value in every customer interaction.
(出典:CSO Insights, Fifth Annual Sales Enablement Study, 2019)
日本語にすると、次のように表現できます。
予測可能な営業成果を高めるように設計された、戦略的で部門横断的な取り組みのこと。一貫性があり、規模の拡大にも対応できる営業組織強化の仕組みであり、営業担当者とそのマネージャーが、すべての顧客接点で付加価値を提供できるようにする。
つまり、セールスイネーブルメントとは、営業担当者とそのマネージャーがすべての顧客接点で付加価値を提供できるようにし、予測可能な営業成果を高め続ける仕組みです。一言で言えば「狙って成果を向上させ続ける仕組み」です。この定義で見落とされがちなのは、「予測可能な(predictable)」という言葉と、「マネージャー」が対象に含まれていることです。成果が上がるだけでなく、上がることを事前に読める状態を作ること、そして営業担当者だけでなくマネージャーの仕事を変えることが、定義の中に入っています。
ただ、これではまだ抽象度が高く、何で構成されているのかがわかりません。そこで、CSO Insights、Gartner、HubSpot、IDCの各レポートと、Petersonらの論文(2021年)などから、共通して読み取れる構成要素を整理しました。
2つの前提と6つの構成要素
整理すると、セールスイネーブルメントは「2つの前提」「6つの構成要素」、そしてそれを改善し続ける「データで検証する仕組み」でできています。
日本ではセールスイネーブルメントというと、営業のトレーニングや資料管理ばかりが語られがちですが、それは6つの構成要素のうちの2つにすぎません。
前提1:顧客の購買プロセスに合わせる
GartnerのレポートWin More B2B Sales Dealsにもあるように、顧客の購買プロセスや購買の難しさが大きく変わっている時代には、営業活動のプロセスをバイヤージャーニー(顧客の購買の道のり)に合わせることが欠かせません。自社目線・営業目線だけで活動していると、顧客のニーズとの乖離は大きくなる一方です。
前提2:経営と会社のコミットメント
この取り組みは、片手間では効果が出ないことも明らかになっています。会社全体、あるいは経営陣が強くコミットしなければ、すべてをやり切ることができず、効果が薄まります。対象範囲が広い取り組みだからこそ、優先度を上げ、会社としてリソースを配分する必要があります。
市場(顧客)に合わせて自社の動き方を変え、そこに大きなリソースを投じるという意味で、セールスイネーブルメントは営業戦略の一部と捉えることができます。担当者を一人置いて研修とコンテンツを任せる、という形では、この前提を満たしません。
6つの構成要素
- 顧客起点での営業プロセスの再構築
- テクノロジーによるデータプラットフォームの構築(SFA(CRM)など)
- 組織コラボレーション(分業と組織間の連携)
- マネージャーの強化(コーチングなど)
- コンテンツの整備(営業資料・動画・記事など)
- トレーニング(育成)
データで検証し続ける仕組み
6つの要素は一度整えて終わりではありません。「データの蓄積」から「観察・評価」を行い、「再設計」して「実行」し、またデータを蓄積する、というサイクルを回します。育成の進捗と成果の関係をデータで検証しながら、プロセスやコンテンツ、トレーニングを見直していきます。
ここから、各構成要素のポイントを説明します。
構成要素ごとのポイント
1. 顧客起点での営業プロセスの再構築
自社の都合で定義した営業プロセスをもとに活動や管理をしていると、顧客社内の意思決定とのずれが必ず生まれ、営業の状況を正しく把握できなくなります。その結果、売上見込み(フォーキャスト)の報告と実態に差が出やすくなります。
再構築は、次の3つのステップで考えます。
- ステップ1(自社視点のプロセス):見込み → アポイント → ヒアリング → 提案 → クローズ → フォロー。売り手が主語のプロセスは顧客の購買プロセスと整合せず、誤ったタイミングで誤った営業活動をしてしまい、受注につながりにくくなります。
- ステップ2(購買プロセスの把握):課題整理 → 情報収集 → 社内関与者との合意 → 予算確保 → 稟議・決裁 → 発注。
- ステップ3(購買プロセスを踏まえたプロセス定義):商談の見極め → 課題の合意 → 解決策の提案と合意 → 意思決定者との合意 → 契約条件の合意 → 受注。
顧客社内の購買プロセスに合わせてプロセスを再設計すると、現場で起きていることを正確につかめるようになります。自社の商談フェーズが「提案済み」「見積提出済み」のように売り手の行動で区切られているなら、フェーズが進んでいても顧客側では何も決まっていない、という状態を見分けられません。
2. テクノロジーによるデータプラットフォームの構築
SFA(CRM)を中心に、顧客情報と営業情報を管理し、その他の業務を自動化して、効率的かつ高度な分析ができる状態でデータを持つことが重要です。
HubSpotの調査(Global Sales Enablement Survey, 2020年10月)では、売上目標を達成しているマネージャーが、そうでないマネージャーと比べてもっとも意識していたのは「案件受注までのリードタイム」でした。リード、アポイント、ニーズ把握、提案、クローズと進む各段階で、アポ獲得率・商談創出率・提案率・受注率を高めながら、全体のリードタイムを短くしていく。こうした分析は、段階ごとの案件数と日数が同じ定義で記録されていて初めて可能になり、テクノロジーを使わなければ非常に難しいものです。
3. 組織コラボレーション(分業と組織間の連携)
日本ではこの数年で、The Modelの考え方が浸透してきました。かつてはマーケティングから既存顧客のフォローまでを一人で担っていた「営業」が、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスに分かれました。プロセスを細かく分け、それぞれに専門性の高い組織と人材を置き、目標やKPIも分けることで、組織全体の生産性を高める取り組みが主流になりつつあります。
一方で、役割ごとの組織や人がばらばらに動くことで、情報連携がうまくいかなくなるという弊害も出ています。これを防ぐには、SFA(CRM)を中心としたセールステックを営業と顧客の情報基盤として使い、ひと続きのデータをもとにした共通認識の上でやり取りすることが必要です。組織ごとの目標を意図的に重ねる(オーバーラップさせる)ことも、部門間の引き継ぎで情報を落とさないための方法です。分業で生産性を上げ、関係者間の情報連携を保つには、データプラットフォームが欠かせません。
4〜6. マネージャー強化、コンテンツ整備、トレーニング
コーチング、トレーニング、コンテンツは、これまで必要に応じて場当たり的に行われてきました。顧客の購買プロセスを正確に把握していれば、どのタイミングで営業が何を伝え、何をすべきかが明確になります。顧客・競合・自社営業のデータが使える状態で蓄積されていれば、課題の特定も打ち手も明確になります。
たとえば、担当者と合意するために把握すべきこと、提示すべき資料、管理すべき数値(活動件数、突破率など)を営業プロセスの段階ごとに体系的に整備すると、属人性を排した、再現性と予測可能性の高い営業体制ができます。逆に言えば、研修とコンテンツが営業プロセスの段階に紐づいていないなら、それは1と2が先に整っていないことを示しています。研修の内容を見直す前に、確かめるべきはプロセスとデータのほうです。
期待できる効果
こうした取り組みによって、受注確率や計画達成の確率が上がるだけでなく、次のような変化が期待できます。
- 新人が成果を出すまでの立ち上がり期間が短くなる(たとえば3か月かかっていたものが1.5か月になる、といったイメージです)
- 受注率が上がり、顧客単価が増える
- 目標に届いていなかったメンバーが底上げされ、チームの売上平均が目標を上回る
- 離職リスクが下がり、売上予測のぶれが小さくなる
2021年当時、このような仕組みは世界で60%以上の企業に導入されていると言われていました。
なぜ日本の営業組織に必要か
この取り組みが日本の営業組織に必要だと考える理由を、営業職を取り巻く環境から説明します。
内閣府の年次経済財政報告によると、日本の平均成長率は1980年代の4.4%から1990年代には0.9%、2000年代には0.7%へと下がり、人口減少を背景に労働投入はマイナスに寄与するようになりました。営業職も例外ではありません。国勢調査では営業職は2000年の468万人から2015年には336万人に減り、国立社会保障・人口問題研究所の推計では、生産年齢人口は2020年から2040年までにさらに約17%減ります。営業職も同じ割合で減ると仮定すると、いまと同等の成果を出し続けるには、一人当たりの生産性を2割以上高める必要があります。この試算の詳しい内訳は「日本の営業組織はなぜ変われないのか」に書きました。
これは、多少の効率化や頑張りで届く水準ではありません。
日本の営業現場にある「匠の技術」を継承するだけでなく、進化させる必要があります。その重要な打ち手の一つがセールスイネーブルメントだと考えています。
日本の営業組織に足りない「型」と「データ」
では、日本の営業組織にとってセールスイネーブルメントは有効なのでしょうか。私が考える日本企業の営業の特性を挙げてみます(個人的な見解です)。
- 終身雇用による人材流動性の低さ
- 年功序列による育成の遅れ
- 少子高齢化による人材難(特に若手)
- 国土が狭いことによる、外勤営業が主体の組織
- 市場が限られていることによる、既存顧客との取引の固定化
- 成果給制度の導入率の低さによるモチベーションの低下
- お客様第一主義による無理な対応
- 社内の付帯業務の多さによる非効率
- 横並びを重んじる文化による投資への消極性
- 業務範囲が明確に定義されていないことによる付帯工数の増大
- 勘と経験に頼る属人的な営業と、それを前提にしたOJT
ここまで説明してきたセールスイネーブルメントの考え方とは、大きな違いがあります。「うちの会社には合わない」と感じる方もいれば、「まさにこれが必要だった」と感じる方もいると思います。
日本の営業組織と照らし合わせたとき、特に足りていないのは「型」と「データ」だと私は考えています。
「型」
日本では、「営業」がマーケティング、セールス、カスタマーサクセスの一部までを含む職種として、顧客対応のすべてを担う形で組織が運営されてきました。そのため、分業による連携ミスは比較的起こりにくい土壌があります。明確に定義されていない業務を、思いやりや助け合いの文化で回してきたからです。直接売上につながらない社内業務でも助け合いながら進めるところは、日本企業の良さでもあります。
こうした組織で、顧客の行動を反映した営業プロセスが定義され、プロセスごとに営業に求めるスキルと必要なコンテンツが整備されて「型」ができれば、営業スキルの属人化の解消と生産性の向上に大きく役立ちます。
「データ」
2021年当時、日本は米国に比べてIT化が7年以上遅れているとよく言われ、営業の領域でもテクノロジーの活用はまだ十分に浸透していませんでした。
テクノロジーは、「型」を検証する(定量化する)手段として使えます。さらに付帯業務を減らし、情報連携を滑らかにできれば、効率化にとどまらず、新たな課題を見つけて修正し、改善のサイクルを回すための基盤になります。つまり、「型」によって「データ」が意味を持つようになります。逆に、型がないままSFA(CRM)にデータを溜めても、担当者ごとに違う意味で記録された数字が積み上がるだけで、比較も検証もできません。私はこれを「あらゆるものを定量化し、細かく、確実に成長する」と表現しています。
「型」と「データ」を日本の営業組織に浸透させるだけでも、営業組織の文化は大きく変わると考えています。
実践:2か月で営業の型を作った記録
ここからは、私自身の実践例です。2020年1月、当時在籍していた、SFAを提供するスタートアップ企業で、カスタマーサクセスの統括からセールスマネージャーへ急きょ異動することになりました。正式に告げられたのは就任の2週間ほど前です。BtoBのITセールスは、プレーヤーとしてもマネージャーとしても経験がありませんでした。
営業改革のコンサルティングであれば、半年ほどかけて下地を作ってから成果を出していきます。しかしスタートアップで半年は待ってもらえません。そこで、最初の1か月で現状把握と仕組みの構築を行い、次の1か月で成果が出始める状態を目標にしました。大方針は「案件を絞って、確実に、大きく獲る」です。2か月間で行ったことは次の17項目です。
- 過去の失注案件の分析(約2,400件)
- 法人における決裁ルート攻略手法の浸透
- Mutual Start Planの制定
- 初回商談資料の改訂
- デモスクリプトの設計
- 初回商談の型化
- MEDDICの導入
- 追わない案件の再定義
- 自社の強みの再設計
- ストーリーメイク(アカウントプラン)
- フィールドセールスによる商談前の事前架電
- 値引き対応の見直し(取引規模の拡大)
- 内勤日の導入と、1日2件の商談数上限
- 購買プロセスに合わせた商談フェーズの再設計
- 受注率・アポ数(率)のKPI撤廃
- インサイドセールスでのナーチャリング手法の型化
- インサイドセールスの業務範囲の再定義
以下、関連するものをまとめて要点を説明します。
失注分析から始める(1・8)
自社でSFAを使っていたため、失注データは大量に蓄積されていました。約2,400件の失注案件について、どういう案件を落としているのか(属性分析)、なぜ落としているのか(原因分析)を一件ずつ確認しました。ここに最も時間を使いました。
失注の原因は、機能(製品)によるものと、営業によるものに分かれました。機能が原因の案件については、半年以内に開発されない機能が必要な案件は早めに見極めて追わないことにしました。営業が原因の失注は、機能要因を除くと半分強が次の2つでした。
- 意思決定者や推進者に会えていない、把握できていない(誰がチャンピオンなのかがわからない)
- 導入時期を明確に握れていない(顧客側がその時期までに契約しなければならない差し迫った理由、いわゆるコンペリングイベントを把握できていない)
この2つの攻略をオペレーションに組み込みました。
また、機能的に実現できない、価格的にどうしても条件が合わないなど、「どうしても取れない」パターンの案件もありました。顧客の反応が良いからと追い続け、最後に「やはり難しい」と失注するケースです。こうしたパターンから「見込みがありそうに見えても追わない」基準を作り、無駄な工数を減らし、失注までのリードタイムを短くしました。その分、本当に取るべき案件にリソースを寄せ、受注までのリードタイムの短縮と受注確率の向上につなげました。
型を作る順番として、失注分析が最初だったことには意味があります。初回商談の型もフェーズ定義も、この分析で見えた「決裁者を把握できていない」「時期を握れていない」という2つの穴を塞ぐために設計したものです。
決裁ルートと時期を握る(2・3)
担当者がどういう立場なのか、社内でどのような意思決定・合意のプロセスがあるのか、最終意思決定者は誰か、反対しそうなのは誰か、自社を推してくれそうなのは誰か、誰の発言力が強いのか。こうした点を、Champion、Coach、Economic Buyer、Blockerの4つに分けて整理し、チームの共通言語にしました。参考にしたのは書籍『隠れたキーマンを探せ』などです。
失注分析では「時期ずれ」も非常に多く見られました。顧客が「半年以内に導入したい」と言っていても、それが本当なのか、なぜその時期なのかを握れていなければ、高い確率で後ろにずれます。予定どおり受注できたとしても、それは運です。そこで、コンペリングイベントを確認しながら、導入開始日から逆算した里程標(マイルストーン)と期日を顧客と一緒に決める「Mutual Start Plan」という型を作りました。Closeではなく「Start」としたのは、製品を買ってもらうことがゴールではなく、利用開始がスタートだからです。
初回商談とデモの型(4・5・6)
初回商談の資料は数十枚あり、製品紹介と会社紹介のほか、なぜ入っているのかわからない資料が多く含まれていました。一方で、商談で握るべきことを補う資料はありませんでした。これを削って整理しました。ポイントは「Whyから始める」ことと、最初はできるだけ製品(機能)の話をしないことです。会社紹介では、なぜこの事業をしているのか、どのような世界を実現したいのか、それをどうやって実現するのかを丁寧に伝えます。これができると、機能や価格での勝負を避けられる可能性が上がります。
デモも各自が思い思いに行っていて、型がありませんでした。その結果、内容がばらばらで、機能の話が中心になっていました。大事なのは「機能より効能、効能よりイメージ」です。たとえば「こういう機能があります → その機能をこう使って → このレポートが見られます」という順番ではなく、「営業組織ではこの指標を見る必要がありますよね → それはこのレポートで見られます → そのためには、この情報を1クリックで入力するだけです」という順番にしました。
初回商談の進め方も統一しました。最初にヒアリングをするのか、簡単なデモから入るのか、資料で説明するのかが統一されていないと、商談の振り返りもうまくいきません。そこで、(1) 簡単なアイスブレイクと最低限のヒアリング、(2) 資料での紹介、(3) 簡易デモ、(4) ディスカッション(次に何を握るかまで決める)、という型にしました。
握るべき項目の設定(7)
営業の仕事は、案件を前に進めることです。そのために何を握るべきかを逆算し、MEDDICと、当時参考にしていた別のフレームワーク(SSM)を組み合わせて項目を設定しました。設定した項目と、それぞれで握る内容は次の表の通りです。
| 項目 | 握る内容 |
|---|---|
| Identify Pain | 現状、目標、そのギャップ(課題・ニーズ) |
| コンペリングイベント | 顧客が契約予定日までに契約する理由 |
| Decision Process | 意思決定プロセス。必要な手続きとその日付 |
| Champion | 社内で権限と影響力を持ち、Economic Buyerから信頼されている味方 |
| Economic Buyer | 企業・事業の損益に責任を持つ意思決定者 |
| Approved Budget | 予算が確保されているか、いくらあるか |
| Decision Criteria | 意思決定の基準(財務的な効果、技術的な優位性、過去のデータ、習熟のしやすさ) |
| Metrics | 定量的な効果測定の方法と基準値 |
| ROI | 顧客の期待値 |
| Red Flag | 懸念事項や製品とのギャップ |
これらの項目をSFA上で管理しました。握るべき項目をSFAの項目にしたことで、案件レビューは「どう思うか」ではなく「どの項目が埋まっていないか」を見る場になりました。
強みの再設計とストーリーメイク(9・10)
「強み」と「特徴」は似ていますが別物です。特徴は自社が推したいポイント(自社軸)で、強みは特徴のうち他社と比べて勝っているポイントです。競合の特徴を洗い出して比較表を作り、勝っている点に焦点を当てて、「この競合と当たったらこの強みで押す」という形に再設計しました。
私はすべての商談に同行できるわけではありません。同行しない商談でも質を保つために、案件ごとに「受注までのストーリー」を描きました。書く項目は、その商談のゴール、方向性、課題の仮説、インサイトを提供するポイント、聞くこと・握ること、懸念点です。インサイドセールスがアポイントを取った際の通話録音を聞き、要約を読んで顧客を想像しながら作ります。これと先ほどの握るべき項目があれば、ある程度誰でも商談を進められる状態になります。
運用のルール(11・12・13・15)
インサイドセールスがアポイントを取り、フィールドセールスが商談する体制でしたが、今は取るべきでないアポイントがまれに紛れ込みます。そこで、フィールドセールスが事前に自分で電話をかけ、追加のヒアリングをして、商談をより有意義なものにするようにしました。無駄な商談が減り、初回商談で案件が前に進む割合が上がりました。
値引きは原則として行いません。正規価格で買っている他の顧客に対して不公平だからです。どうしても値引きをする場合は、こちらが求める期日での契約、オプションの追加、複数年契約など、顧客にも何かを譲ってもらう形にしました。理由と妥当性のない値引きはしません。
SFAベンダーであっても、すべての案件で入力漏れがない状態を保つのは難しいものです。そこで毎週月曜日を「内勤日」にし、午前は案件情報の更新、午後の最初にフォーキャスト会議、夕方に各自の案件レビューを行いました。週の初めに一週間の動きを整理し、火曜から金曜は商談に集中します。商談は1日2件までとしました。1日3件になると商談の質が落ちるからです。業種・業態を問わず使われる製品だったため、顧客ごとに準備が必要でした。月の商談数は30〜35件ほどです。
チーム立ち上げの初日に「このチームは案件を絞る」と宣言しました。ターゲティングの精度を上げて追わない案件を明確にすると、上流からのアポ率は下がり、初回商談からの受注率は上がります。そのため、受注率やアポ数(率)をKPIにしても意味がありません。基準値を参考として持つ程度にとどめ、各フィールドセールスが抱えている案件数を見ながらアポイントの基準を厳しくしたり緩めたりして、月の商談数が30〜35件程度になるように調整しました。KPIは方針を変えれば動く方向も変わるので、何を管理する数字にするかは方針とあわせて決める必要があります。
フェーズの再設計(14)
それまでの商談フェーズには曖昧な部分があり、中規模以上のBtoB取引のように社内の意思決定プロセスが複雑な案件に対応していませんでした。そこで、「担当者との合意」「意思決定者との合意」「時期・金額の合意」のように、誰と何を合意しているかをフェーズの定義に入れました。フェーズを進める難易度は上がり、案件は前に進みにくくなりましたが、その分だけ見込みの精度が上がりました。フェーズを進めるための商談をするようになったことで、フェーズが進んだ案件の受注確率も上がったと感じています。
インサイドセールスの役割(16・17)
インサイドセールスの仕事はアポイントを取ることだけではありません。見込み顧客の検討の温度を上げることも役割の一つです。メールでナーチャリングされる人はそう多くありません。一方で、関心の度合いが低い資料をダウンロードしただけの見込み顧客にアポイントを取っても、今すぐの案件ではないので無駄な商談になってしまいます。
そこで、ダウンロード資料をC・B・A(Aは自社サービスの概要資料)にランク付けし、インサイドセールスがCからB、BからAへと関心を高めていくように誘導しました。ポイントは次の3つです。
- 自社商品の名前を出さない(商材を主語に話さない)
- Aランクに到達するまでアポイントを打診しない
- Aランクの資料はこちらから押し付けず、顧客が自分でダウンロードするように仕掛ける
業務範囲も見直しました。フィールドセールスと一緒に受注を増やすことを目的にすると、インサイドセールスの仕事は、アポイント取得に加えて、顧客との関係構築、ナーチャリング、見込み顧客の見極め、フィールドセールスで止まっている案件のフォローまで広がります。一般にはフィールドセールスが主導し、インサイドセールスがお膳立てをするというイメージがあると思いますが、この体制ではインサイドセールスが全体の司令塔の役割を担っていました。
運用は、案件化前の見込み顧客の数に応じて2つのパターンを使い分けました。マーケティングからインサイドセールス、フィールドセールスへ順に引き継いでSQL(営業が対応すべき見込み顧客)化率を上げる運用と、フィールドセールスが商談した案件をいったんインサイドセールスが引き取ってフォローし、再びフィールドセールスに戻して案件化率を上げる運用です。
結果
第1四半期(1〜3月)の売上目標は、6週間で達成しました。チームのメンバー全員が受注し、その後のパイプラインも十分に確保できました。2020年の通期では、前年比で約3倍の売上になりました。
振り返り
2か月で型を作り、一定の成果を出すことはできましたが、修正すべき点はまだ多くありました。ただ、修正点が見えるのは型を作ったからです。まず型作りから始めたことが、成功の要因だったと考えています。
BtoBのITセールスの経験がない中での就任でしたが、営業には業界を問わず通用する普遍的なスキルがあることも確かめられました。「うちは特殊だから」という理由で型作りを後回しにする必要はない、というのがこの経験から得た実感です。
型とデータは、判断の場があって機能する
17項目を振り返ると、次の表の3つに分けられます。
| 分類 | 含まれる施策 |
|---|---|
| 型 | 初回商談の進め方、デモスクリプト、握るべき項目、フェーズの定義、ストーリーメイク、ナーチャリングの手順 |
| データ | 失注分析、SFA上の項目管理、方針に合わせたKPIの見直し |
| 場 | 内勤日、フォーキャスト会議、案件レビュー、商談数の調整 |
型とデータの話をしてきましたが、2か月で成果が出た理由をあえて一つに絞るなら、3つめの「場」です。毎週月曜日に案件情報が更新され、フォーキャストを読み、案件をレビューする場が固定されていたから、型のどこが機能していないか、データのどこが埋まっていないかが毎週見え、翌週に直せました。
SHOGUNでは、この「場」にあたる部分を営業マネジメント、つまり計測・判断・実行の仕組みと呼び、営業改革の中核に置いています。計測は、営業活動と案件が同じ定義の数字として残る状態をつくること。判断は、その数字から何が起きているかを読み、次の一手を決めること。実行は、決めたことがマネージャーと担当者の実際の動きに変わることです。セールスイネーブルメントは、営業改革を構成する5つの領域の一つであり、型・コンテンツ・育成を整える領域です。それが成果につながるかどうかは、数字を読んで判断し、実行を確かめる営業マネジメントの側で決まります。研修を一度実施しただけ、営業資料を作っただけでは営業改革にならないと私たちが考えている理由も、ここにあります。
米国では、計測がSales Operations、実行がSales Enablementという職種に切り出され、判断(Sales Management / Sales Coaching)はセールスマネージャーの主務として残り、2つの職種に支えられています。日本では3つとも切り出されておらず、営業部長やマネージャー個人の職務になっています。セールスイネーブルメントを担当者一人に任せると研修とコンテンツで終わりやすいのは、その担当者に問題があるのではなく、判断の場を設計する役割が組織のどこにも置かれていないからです。
自社で確かめたい5つの点
セールスイネーブルメントに取り組んでいる、あるいはこれから取り組む会社で、確かめたいのは次の5点です。
- 商談フェーズが「顧客側の誰と何を合意したか」で定義されているか。売り手の行動で区切られているなら、フォーキャストは実態からずれます。
- 失注の理由が、製品要因と営業要因に分けてSFA(CRM)に残り、定期的に読まれているか。どの型を作るべきかは、ここからしか決まりません。
- 研修と営業資料が、営業プロセスの段階と「そこで握るべきこと」に紐づいているか。単発の研修と、なぜあるのかわからない資料が増えていないか。
- 案件情報を更新し、フォーキャストを読み、案件をレビューする場が週次で固定されているか。この場がなければ、型もデータも検証されません。
- 経営がこの取り組みにリソースを配分し、営業戦略の一部として扱っているか。担当者一人の片手間になっていないか。
まとめ
セールスイネーブルメントは、研修や資料管理のことではありません。顧客の購買プロセスに合わせて営業プロセスを再構築し、データプラットフォーム、組織間の連携、マネージャー、コンテンツ、トレーニングをそろえ、データで検証しながら再設計し続ける仕組みです。経営が強くコミットし、会社としてリソースを配分することが前提になります。
日本の営業組織には、助け合いの文化という良さがあります。そこに「型」と「データ」が加われば、属人的な営業から、再現性があり予測可能な営業へ変わっていけます。ただし、型とデータは、それを毎週読んで判断する場があって初めて機能します。定義がまだ固まっていない今だからこそ、それぞれの会社が、型・データ・場の3つをそろえる形を自社に合わせて試行錯誤していくことが大切だと考えています。

