「うちのエースを課長にしたのに、チーム全体の数字が伸びないんです」
この相談を何十回聞いただろうか。300社以上の営業組織を見てきた中で、この問題に直面していない企業はほぼ皆無だった。そして、ほぼすべての企業が同じ間違いを繰り返す。「人選が悪かったのか」と悩み、次のエースを課長にする。結果は同じだ。これは個人の資質の問題ではない。構造の問題だ。
夜10時に提案書を書くマネージャー
ある IT企業のマネージャーの話をしよう。彼は前年度の売上トップで、満を持してチームリーダーに昇格した。半年後の彼の日常はこうだった。
日中は自分の商談で客先を回る。夕方に帰社して、ようやくチームメンバーの案件状況を確認する。だが確認したところで、的確なアドバイスを考える時間がない。「頑張れよ」と声をかけるのが精一杯だ。そして夜10時、オフィスに一人残って自分の提案書を書いている。
その間、彼のチームの若手は、大型案件のキーパーソンへのアプローチ方法が分からず立ち往生している。中堅メンバーは、値引き交渉に持ち込まれそうな商談をどう立て直すか一人で悩んでいる。マネージャーに相談したいが、マネージャーは自分の数字で手一杯だ。
チームの数字は伸びない。マネージャー本人の個人成績も、プレイヤー時代の半分に落ちている。そして何より本人が一番疲弊している。これが日本中の営業組織で起きている現実だ。
「セールス」と「セールスマネジメント」は別の職業だ
根本的な問題は、日本の多くの企業が「営業が上手い人」と「営業チームを率いる人」を同じスキルセットで考えていることだ。
優れた営業担当者の強みは、顧客との関係構築、課題の発見、刺さる提案の組み立てにある。一方、マネージャーに求められるのはまったく別の能力だ。パイプラインの構造を分析して問題を見抜く力。メンバーの商談を客観的に評価し、具体的な次のアクションを示すコーチング力。チーム全体の数字を予測し、ギャップを埋める戦略を立てる力。採用し、育成し、時には厳しい判断を下す力。
アメリカでは「セールスマネジメント」は確立された専門職だ。MBAプログラムにセールスマネジメントの専門コースがあり、MEDDICやSPINといった方法論を前提にしたマネジメントフレームワークが体系化されている。たとえばMEDDICでは、Metrics(指標)、Economic Buyer(経済的意思決定者)、Decision Criteria(意思決定基準)、Decision Process(意思決定プロセス)、Identify Pain(課題の特定)、Champion(社内推進者)という6つの要素で商談を評価する。マネージャーはこのフレームワークに基づいて商談の健全性を判断し、メンバーに具体的な指導を行う。
日本ではどうか。「営業マネジメント」という専門職がそもそも認識されていない。トップセールスが昇進して、見よう見まねでマネジメントをやる。方法論もフレームワークもなく、自分の経験則だけが頼りだ。これで組織が伸びるほうが奇跡だろう。
「プレイングをやめろ」だけでは何も解決しない
ここで安易な結論に飛びつくべきではない。「プレイングマネージャーを廃止して、マネジメントに専念させればいい」——これは半分正しくて、半分間違っている。
個人の売上目標を外したとしよう。マネジメントに専念する時間はできる。だが、多くの組織には「マネージャーとして何をすべきか」の定義がない。チームの健全性を測る指標もない。コーチングの方法論もない。週次の1on1で何を話すべきかすら、マネージャー個人の裁量に委ねられている。
プレイヤーの役割を外しただけでは、「何をしていいか分からないマネージャー」が生まれるだけだ。必要なのは、営業マネジメントを専門職として確立すること。その職能に必要なスキル定義、ツール、評価基準を組織として整備すること。これなしにプレイングマネージャー問題は解決しない。
測定なきマネジメントは、マネジメントではない
この問題がさらに厄介なのは、多くの組織がこの構造的欠陥を「問題」として認識すらできていない点だ。なぜなら、測定していないからだ。
マネージャーが月に何時間コーチングに使っているか。メンバーの商談をどの頻度でレビューしているか。パイプラインの精度——つまりマネージャーが「受注確度80%」と言った案件が実際にどのくらい受注できているか。こうしたデータを取っている組織はほとんどない。
「うちのマネージャーは大変そうだ」という感覚はある。だが、何がどう大変で、何を変えれば改善するのかが分からない。測定していないのだから当然だ。
結局のところ、すべてはここに帰着する。測定できないものは改善できない。マネージャーの時間配分、チームの活動の質と量、パイプラインの構造と精度。これらを数字で把握できて初めて、「プレイングマネージャー問題」の正体が見える。そして正体が見えて初めて、打ち手が分かる。
測定から逃げている限り、日本の営業組織はこの問題を解けない。

